情動表出ヒューマノイドロボットの最終モデル「アイちゃん」
というわけで、まずはそのアイちゃんからである。アイちゃんは、同大学におけるロボット研究の重鎮の1人である理工学術院の高西淳夫教授の研究室で開発された情動表出ヒューマノイドロボット「WE」シリーズの最終モデルで、2004年に完成した機体だ。
高西研における人間型頭部ロボットの開発の歴史は、1995年まで遡る。そして同年に単眼・4自由度の「WE-2」、1996年に頭部と双眼の眼球による協調運動を備えた「WE-3」、1997年にまぶたを備えて光強度に適応と耳による音源定位や音源追従を実現した「WE-3R」、1998年にはさらに眉・唇・顎を付加された「WE-3RII」が誕生、1999年には聴覚と触・圧覚と温覚からなる皮膚を搭載した「WE-3RIII」、2000年には嗅覚と赤面できる顔色表出機能と心理モデルに情動方程式を導入した「WE-3RIV」、2001年には目尻の上げ下げや顔色の変化に青も加えて発生システムも備えた「WE-3RV」へと至る。
そして2002年には小型化を実現して心理モデルも大幅強化して情動表出能力を大幅に向上させた「WE-4」が開発され、さらに2003年には心理志向型9自由度ロボットアームを搭載して肩の上下で怒りや悲しみを表現することと欲求を導入して自発的な行動も可能になった「WE-4R」となり、そして2004年に片手6自由度を備えた情動表出・把持・触覚機能を有する人間型ロボットハンド「RCH-1(RoboCasa Hand No.1)」をWE-4Rに統合し、アイちゃんが誕生したというわけだ。
この後、アイちゃんは同じく高西研で開発しているヒューマノイドロボット「WABIAN-2R(WAseda BIpedal humANoid No.2 Refined)」(画像3)と合体して、顔の表情も含めて全身で情動を表現できるヒューマノイドロボット「KOBIAN」(画像4)となるのである(WABIANとKOBIANについては、研究室ツアーのレポートを、その歴史については、高西研のWEシリーズを解説したこちらのWebサイトをご覧いただきたい)。
画像3(左):ヒザ関節伸展型歩行を行えるWABIAN-2R。非常に人間的な歩き方が可能なロボットである。画像4(右):全身で感情表現を行えるKOBIAN。動きが結構リアルで、何か意志を持っていそうな雰囲気である |
ちなみに、このKOBIANの名称の由来が見学ツアーの取材の時には確認できなかったのだが、今回、ついにそれが判明。見学ツアーの記事で、「シェーマ」というロボットを用いて人とロボットのグループでの会話(コミュニケーション)の研究をしている同大学の理工学術院 情報理工学科の小林哲則教授を紹介したが、その小林教授が高西教授と共同研究して開発したのがKOBIANだそうで、「Kobayashi's WABIAN」の略だったのである。全身で驚いた情動表出をしている画像を見かけるので、「こりゃ、驚いた」の略かと思っていたが、そんなベタなはずがなかった(笑)。
話を戻してアイちゃんだが、たまたま取材時に当時のアイちゃんの開発者で、現在は高西研究室の招聘研究員である、産業技術総合研究所 デジタルヒューマン工学研究センター 健康増進技術研究チーム兼サービス工学研究センター 主任研究員の三輪洋靖博士と会うことができ、話を伺うことができた。
アイちゃんを見ると、胸の2つのシリンダーがとても気になるが、これは肺だそうである(画像5)。アイちゃんは感情表出ロボットであることは前述したが、呼吸のリズムも感情と大きく連動するのは誰でも実感があると思うが、それも表現するために設けられた機器というわけだ。当たり前だが、人は感情的に落ち着いている時はゆっくりとした呼吸をするし、怒っていたり興奮していたりするような時は呼吸もペースが速く荒くなるものである。アイちゃんは怒り、嬉しさ、驚き、ムカムカ、悲しい、恐怖、困惑の7種類の感情を表出できるのだが(画像6・7)、それらをよりリアルに表出するためには「呼吸」が必要だったというわけである。
なお、アイちゃんというとまるで女の子のようだが、実は男性である。その証拠に、現在でも視聴可能な動画からすると、間違いなく声からして男性だ(顔も男性っぽいので、納得)。イメージとしては、WABIANシリーズの方が女性だそうだ(KOBIANはたぶん男性)。それから、アイちゃんに関する技術がKOBIANに統合されたことなども関係していると思われるが、三輪博士の後を引き継いでアイちゃん自体を担当する人がいなくなってしまったため、現在はもうアイちゃん自体は残念ながら動作しないそうである。