そもそもなぜ『イヴの時間』を作ったのか?

――『イヴの時間』を作ろうと思った最初のキッカケは何ですか?

吉浦監督「『ペイル・コクーン』というアニメを個人制作で作った後、同じプロデューサーから、今度は何かシリーズ物を作らないかとのお誘いをいただいたんですよ。ただ、個人作家がシリーズ物を作るのはちょっと無理ではないかと最初は躊躇したのですが、ある一つの限定された舞台だったら、シリーズ物でも何とか作れるのではないかと思ったんですね。なので、シリーズであること、そして1シチュエーションであること。この二つを前提に企画を立てたのが、すべての始まりですね。結果的には厳密に1シチュエーション物ではなくなってしまいましたが(笑)」

――アンドロイドと人間の関係をテーマにした理由はどういった感じですか?

吉浦監督「自分は昔から古典的なSFがすごく好きだったんですよ」

――アイザック・アシモフとか?

吉浦監督「そうです。本当にアシモフが大好きで、小学生のころから読んでいたんですよ。アニメで描かれるロボットって、論理的、理工学的なものから外れる傾向が多いじゃないですか。だからいつか、アシモフ的な価値観のロボットでアニメを作りたいと、昔からずっと思っていたんですよ。それで1シチュエーション物のドラマを作るとなったときに、まず考えたのが日常目線の『ブレードランナー』。これでいけるんじゃないかと。"高校生の男の子"による『思春期ブレードランナー』。それを思いついたときに、この二つの組み合わせでいけると思いました」

――作中でも「ロボット三原則」を強く押し出していますが、基本的なモチーフはやはりアシモフですか?

吉浦監督「『イヴの時間』には6個のエピソードがありますが、それぞれの根底にある元ネタは、だいたいアシモフの小説に出てくるものです。たとえば『ロボットは嘘をつく』というのも、アシモフの小説に出てくるんですよ。アシモフでは『あの人はあなたのことを好きらしいですよ』って嘘をつくんですけど(笑)」

――ちょっと悲しい嘘ですね

吉浦監督「逆に"ロボットは嘘をつかない"と明言している作品もあります。たとえば、手塚治虫先生の漫画にそのような描写があったと思います。だから"ロボットは嘘をつかない"というのも一つの定説としてあるのですが、自分はアシモフが好きなので、あくまで遵守すべきは三原則ということにしています」

――『イヴの時間』は、あくまでもアシモフの世界をベースにした作品ということですね

吉浦監督「アシモフを守りたかったんです。あの理系的な発想のロボットが好きなんですよ」

――そのあたりが作中における「ロボット三原則」へのこだわりにも繋がるわけですね

吉浦監督「あと、僕自身あまり好きじゃないのは、ロボットが簡単に悪者になってしまうストーリーですね。ロボットが人間に反乱するというのが好きじゃないんですよ。人間が人間のために作った存在ですから。ロボットが反乱しないことの基礎は、やはり『ロボット三原則』になるので、どうしてもそこに繋がってしまいますね」

――『イヴの時間』の作中においては、人間とロボットの境界線がかなりわかりにくくなっていますよね。はっきりとわかるシチュエーションもあれば、最後まで微妙なキャラクターもいます

吉浦監督「そうですね。6話すべてを観ても、この人はロボットだ、この人は微妙だ、この人は人間だ、そういったことを考えられる余地を残しておきたかったんですよ。他にも劇中において、頭上のリングが出たり消えたりする瞬間の描写は絶対にしないようにしています。それは最初にルールとして決めたことで、たとえロボットだとはっきりわかっているキャラクターでも、リングがあるところと、ないところの絵しか見せていません」

――たしかに、リングが現れたり、消えたりという描写はないですよね

吉浦監督「その描写だけは絶対にやらないでおこうと決めてあったんです。そのあたりのプロセスについてはミステリアスなままにしておきたかったんですよね」

――1話1話が短いというのもありますが、『イヴの時間』は謎が多く、考えさせられるところが多い作品だと思います

吉浦監督「そうですね。ただ、謎の部分、いわゆるシリアスなバックグラウンドの部分についてはとりあえず置いておいて、本編自体は個々の面白いエピソードとして観てもらえればいいかなと思います」

――ロボットと人間の共存がテーマとなると、シリアスで社会派的なストーリーになりがちだと思うのですが、そこをあえて日常に落とし込むことで、かなりライトな問題提起に落ち着いている感じがします

吉浦監督「あくまでも"高校生の男の子"の日常の範囲で、ドラマを全部作ろうと思ったんですよ。恋愛物に例えるとわかりやすいと思うのですが、男の子がいて、好きな女の子がいるんだけど声がかけられない。もしくは相手の気持ちがわからない、相手の気持ちを知りたい。そんなレベルの話に、『ロボット三原則』を持ってきたいなと。たまにシリアスなバックグラウンドも緩急をつける意味で突っ込むんでいますけど、メインはそこじゃないと思っています」

――シリアスになりそうでシリアスになりきらないあたりも『イヴの時間』の魅力ではないかと思います。倫理委員会も最初からキーワードとして出てきますが、なかなか直接的には動き出さないですよね

吉浦監督「最終話でちょっと来るかなって感じですけどね。実は最初に考えた脚本は今の2倍くらいの量がありまして、そちらではいろいろとあったりするのですが、それが絵になるのはいつのことかという感じですね(笑)」

――「ドリ系」というキーワードも印象的です

吉浦監督「『ドリ系』というのは社会問題というより、何か"わかりやすい名前"をつけて括ってしまいたい人たちがいる。例えは悪いですけど、『草食系男子』とか『婚活』とか、そういったレベルのものなんですよ。つまり、『ドリ系』と名前をつけることで、ロボットと人間の関係を良くしようという意識を抑制したい人たちがいるんですね。それが倫理委員会であり、さらにそのバックには外国とかも絡んでくると思うのですが。劇中でも少し描写していますが、結局ロボットはいくらでも人間らしくなれる要素を兼ね備えているんですよ。でも、それを否定するような社会の空気を、メディアを使って作り上げてしまった。そこが倫理委員会の策略であり、その一環として『ドリ系』という言葉を意図的に流行らせたという訳ですね」

――「ドリ系」はあくまでも倫理委員会の策略なんですね

吉浦監督「完全に情報戦略ですね。だから、最初に『ドリ系』という言葉を考えるときも、流行りやすくするために、できるだけキャッチーな言葉にしようと思ってつけています」

――あくまでも作品の舞台背景を説明する言葉のひとつという感じですか?

吉浦監督「例えは悪いかもしれませんが、否定的な"オタク叩き"みたいなものですね。別に"オタク"が社会問題になることはないと思うのですが、何か"オタク"というと貶めるような使い方がされるじゃないですか。あれと似たような感じだと思います」

(次ページに続く)