ランキングの前に、ブライアン・ジョーンズ期ってどんな時期?

幼なじみだったヴォーカリストのミック・ジャガーとギタリストのキース・リチャーズ、ブルースのクラブで知り合った、ギタリストのブライアン・ジョーンズとドラマーのチャーリー・ワッツの4人に、オーディションを経て加入したベーシスト、ビル・ワイマンの5人でバンドを結成します。バンド運営のモチベーションが一番高かったブライアンが、リーダーシップをとりながら活動を開始。

デビュー時より、ビートルズのライバル的不良バンドとして売り出されたストーンズでしたが、実はこれ、見事なマーケティング戦略でした。黒人ブルースの純粋なファンであったメンバーは、ブルースのコピーバンドとして人気がでればいい程度にしか考えていませんでしたが、ビートルズとも仕事をしていたマネージャーのアンドリュー・ルーグ・オールダムは、「はぁ、なに眠たいこと言ってんだ! おまえらビートルズのライバルとしてバチバチ売っていくぞ」(発言は想像です。しかもオールダムはメンバーの誰よりも年下でした)とばかり、メンバーに反逆的な言動をさせるようにして、世の注目を集めていきます。

  • 『Rolling Stoned』(Gegensatz Press)オールダムの自伝。大きく写っている、腕組みをしているイケメンが彼。ストーンズと知り合った頃はまだ19歳。いつもスリムなスーツに身を包み、野望に燃えていたセンスの良いヒップなロンドン野郎でした

「カム・オン」(1963年)デビューシングル。チャック・ベリーのカバー。当時としては売れ線を狙っています。この頃は他のバンドと同様に、揃いのジャケットを着てテレビに出演させられたりします。キースは、「こんなんじゃ2年もすれば終わりだな」と思っていたそう

そして、メンバーであったミックとキースに、「オリジナル曲じゃないと、ダメだ。売れそうな女の子を見つけてきたから、彼女が歌う曲を作れ」とばかり、2人にギターを手渡し台所に閉じ込めます。そこで徹夜で彼らが書いた曲が「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ (涙あふれて) 」で、歌ったのは、後にミックと交際することになる、マリアンヌ・フェイスフルでした。

「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ (涙あふれて) 」(1964年)ストーンズのセルフカバー版より、いくぶん明るい曲調。後年、マリアンヌ・フェイスフルは、映画『あの胸にもういちど』でアラン・ドロンとも共演。全裸に黒革のツナギを着てバイクをぶっ飛ばすという、青少年にはいささか刺激が強いいでたちで大人気に。これがルパン三世の峰 不二子のモデルになったと言われています

「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ (涙あふれて) 」はヒットし、2人は自信を深め、以降、名曲をどんどん作っていきます。そして、キースにバンドの主導権と彼女(アニタ・パレンバーグ)を奪われたブライアンは傷心からか、ドラッグに溺れ、やがて脱退することに。残ったミック、キースはさらに渾身のソングライティングを行い、歴史的名アルバム『ベガーズ・バンケット』、『レット・イット・ブリード』が生まれます。そして、新ギタリスト、ミック・テイラーを迎え、リハーサルを繰り返していたところ、ブライアン死亡の報が届くのでした(つづく)。

トップ3から発表します! この3曲です!

1位:「サティスファクション」/『アウト・オブ・アワ・ヘッズ』 (1965年) :201票

2位:「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」/『スルー・ザ・パスト・ダークリー』 (1969年):100票
3位:「夜をぶっとばせ」/『ビトウィーン・ザ・バトンズ』 (1967年):87票
※n数=730

「サティスファクション」、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」はスーパー定番ですね。「サティスファクション」はイントロの歪んだギターの音が印象的ですが、これは曲の制作途中の段階で、キースがギターの音をホーン風に加工して、スケッチ的に仮でいれたものです。バンドは制作途中のつもりだったのに、オールダムが「この状態でいい! これがシングルだ!」とばかりリリースしたのだとか。未完成な雰囲気も大事だということですね。

1位の「サティスファクション」(1965年)。完成させることで曲の魅力が薄まると、当時すでに感じていたオールダムはやはり只者じゃないですね

2位の「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」(1969年)は、挑みかかってくるような臨場感ある音が魅力ですが、キースが自宅で使っていたフィリップスの小型カセットレコーダーを広いスタジオの真ん中に置いて、録音されています。ちょっと音が割れたような独特の音がしますね。当時、録音技術はどんどん進化していましたが、キースは自分たちが憧れたブルースマンのチープな録音環境をあえて再現しました。センスあるぅ。またこの曲あたりから、黄金期をささえるプロデューサー、ジミー・ミラーが参加しています

3位の「夜をぶっとばせ」 (1967年)。「一緒に夜を過ごそう」という歌詞が卑猥だと問題になり、テレビ出演時には歌詞を変えさせられたり。このあたりも、オールダム的にはしてやったりだったのでは

4位以下も発表します!

4位:「黒くぬれ!」/『アフターマス』 (1966年):61票
5位:「ミッドナイト・ランブラー」/『レット・イット・ブリード』 (1969年):57票
6位:「悪魔を憐れむ歌 」/『ベガーズ・バンケット』 (1968年):50票
7位:「ホンキー・トンク・ウィメン」/『スルー・ザ・パスト・ダークリー』 (1969年):49票
8位:「ギミー・シェルター」/『レット・イット・ブリード』 (1969年):36票
9位:「無情の世界」/『レット・イット・ブリード』 (1969年):28票
10位:「ストリート・ファイティング・マン」/『ベガーズ・バンケット』 (1968年):23票
※n数=730

海外雑誌のストーンズ名曲ランキングと比較すると、「黒くぬれ!」がここまで人気なのは、日本ならではですね。ブライアン演奏したシタールの音が印象的な若き怒りに満ちた曲……と思いきや、じつは失恋の歌だったりします。

4位の「黒くぬれ!」 (1966年)は、まさにビートルズの対極をなす(ほんとは両バンドは仲良し)、不良少年の雰囲気がプンプンします

ほかもどれも歴史的名曲ばかりですが、その後につながるエピソードある曲では「ギミー・シェルター」でしょうか。不気味な歌詞と曲調で、レパートリーの中でも異端の部類です。悲惨な状況を歌い上げているようで、「War」「Love」を対比させる文学的な歌詞のレトリックがあり、最後には感動させます。ミックとデュエットした女性R&Bシンガー、メリー・クレイトンのあまりの名演に、興奮したメンバーが思わず「Yeah!!」と叫ぶ声がに3:02あたりに聞こえます。

8位の「ギミー・シェルター」 (1969年)。深夜、スタジオに急遽呼びされたメリー・クレイトン。頭にカーラーを巻き、服はパジャマという寝支度でスタジオに来てみると、渡された歌詞には「レイプ、殺人……」という不吉な文言が……。映画『バックコーラスの歌姫たち』で語られている制作秘話を知ると、よりこの曲が好きになるはず

この時期、アルバム単位でどれか一枚と言われたら

すいません、ここは筆者の独断と偏見で選びます。『ベガーズ・バンケット』か、『レット・イット・ブリード』か。もう究極の選択ですね。どっちも、全曲ありえないレベルの名曲ばかりですが、『レット・イット・ブリード』かなぁ。「ギミー・シェルター」、表題曲の「レット・イット・ブリード」、「無情の世界」、「ミッドナイト・ランブラー」があって、さらに「モンキー・マン」に「むなしき愛」…って、どんなアルバムよ。まずまず一生もの、フォーエバー残る文化遺産レベルですね。曲単位で聴く昨今とはいえ、このアルバムは最初から最後まで通しで聴いてほしいです。

  • 『レット・イット・ブリード』 (ユニバーサル ミュージック)。レコーディング時にすでに脱退が決まっていたブライアンは、ほとんど参加していません。全曲名曲ですが、定番ライブ曲の「無情の世界」は、このスタジオ版の方が曲の意図がよくわかるように思います