これらの体験は日本に暮らす人々でなければ感じ取れない。おそらくSuicaがApple Watchのキラーアプリだということに、日本人以外は気づいていない。気づきようがないのだ、便利だと感じられる場所がないから。
サンフランシスコに戻ってきたら、またいつものようにApple Watchを左手に移して、Apple Pay決済をする場所がない日常を送っている。駅の改札はもちろん、それ以外の店舗でも、利用するチャンスがない。11月末に東京からニューヨークに出張したが、10年前と変わらず、改札に磁気カードをスワイプして通過する仕組みのままだった。サンフランシスコではClipperというICカードが利用できるが、Apple Payをサポートしていない。後者の方がまだ有望ではあるが……。ロンドンではApple Payで公共交通に乗ることができるし、ニューヨークでも都市間鉄道の2線では、モバイルアプリ内でApple Payによるチケット購入ができるようになった。しかし改札通過と街中でのあらゆる決済での利用という体験は、まだもたらされていない。
Suicaで鉄道から飲食まで決済ができる環境は、日本ではApple Watch以前から、ICカードやおサイフケータイで当たり前だったことだ。日本人からすれば、新奇な体験となる話ではないが、Apple Watchによってよりシンプルな体験に変わったはずだ。
しかし日本以外のユーザーにとっては、「魔法のような」未来の体験そのものでもある。10年前からこうしたギャップはあったが、依然としてそのギャップが生じたままなのである。
Appleは、モバイル環境と生活連携の面で、日本にその未来の姿を求め、また先だって顕在化させる場として選んでいる。同時に、米国はシリコンバレーでも、まだまだ不便があり、テクノロジーによる解決余地が大きい。つまり、日本で当たり前のことが、新しいビジネスや革新として受け入れられる可能性がある、ということでもあるのだ。
松村太郎(まつむらたろう)
1980年生まれ・米国カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。ウェブサイトはこちら / Twitter @taromatsumura