抜け出せない負の連鎖
東芝のパソコン事業において、不適切な会計と指摘される事態になったのは、調査報告書にもあるように、2008年度第1四半期以降のことだ。
2007年度に売上高1兆404億円、営業利益412億円という過去最高の業績を達成したパソコン事業だったが、2008年4月におきた製品トラブルによる製品の生産、出荷遅延が影響。同月は対予算比63億円減のマイナス53億円の赤字スタートとなった。
これにより、第1四半期の営業利益見込みが52億円になるという報告を聞いた西田社長(当時)は、カンパニー社長が業績などを報告する全社月例報告会(社長月例)において全社非常事態とし、第1四半期で30億円の改善を要望。上期についても200億円の達成を求めた。これが東芝社内で「チャレンジ」と呼ばれるものである。
チャレンジ値の達成に向けて、7月からの前倒し対策を含めて、同年第1四半期には90億円の利益を計上。その後も西田氏より、チャレンジ要求が積み増しされていく。2008年度上期には、営業利益で237億円達成。西田氏が示した200億円というチャレンジ値を達成した。
だがここでは、173億円のコストリダクション(CR=部品の調達先との値下げ交渉によるコスト削減)の前倒しが含まれている。これは一般的なコスト削減による利益とは異なり、部品のODM先への押し込みによる見かけ上の利益のかさ上げといえるもので、当期の本来の利益でないことはもちろん、翌期以降においても本来は利益として計上できないマスキング値差分にしかすぎない。そのため、翌期以降の利益の前倒しというものではない。ここに不適切な会計のポイントがあった。
このときのプロセスは、カンパニー社長がODMへの部品押し込みを実施し、実施金額について意思決定を行う。調達部門はTTIPと連携の上、ODMへ販売する部品の種類、数量、金額などについて、ODM先と交渉を行い、ODMが部品を購入。これにより、部品の押し込みが実施されていた。2008年9月時点では、ODMが保有する未使用部品にマスキング値差を乗じた累計金額は、推計で143億円にのぼっていたという。
それ以降も、2008年9月のリーマンショックを背景にした為替影響や市況の低迷により、パソコン事業は苦戦を強いられた。当時、2008年度下期には184億円の赤字になるとの報告が行われたが、西田氏は「+100億円の改善をミニマム」とし、「パソコン事業をもつべきかどうかというレベルになっている。+100億円をやらなければ、売却になる。事業を死守したいのならば、最低100億円やること」などと述べたという。
同社ではさらにODM部品の押し込みを実施。2008年度第4四半期末のBuy-Sell利益計上残高は164億円となる一方、下期の赤字は92億円で留まった。なお、西田氏が社長を退任する2009年度第1四半期のBuy-Sell利益計上残高は、273億円にまで増大していた。
そして2009年6月、佐々木則夫氏が社長に就任。ODM部品の押し込みを実施しないことを前提として、2009年度第2四半期におけるパソコン事業の営業損益見込みをマイナス557億円とする旨、当時のカンパニー社長が田中久雄氏に申し入れた。しかし「インパクトが大きすぎる」としてこれを退け、ODM部品の押し込みを295億円相当実施することで、見込額の557億円の赤字を改善するなど、結果として、この仕組みは継続された。
佐々木氏は、「Buy-Sellの仕組みはどこかで見直す必要がある」としていたものの、調査報告書のなかでは、「いざ当四半期の業績悪化が見込まれるときには、利益増大のため、ODM部品押し込みによる見かけ上の利益かさ上げを実施することをやむを得ないと考えていた疑いがある」とされている。
2011年4月、パソコン事業を行っていたデジタルプロダクツネットワーク社は、テレビなどを扱うビジュアルプロダクツ社と統合し、デジタルプロダクツ&サービス社へと組織変更。これも結果として、Buy-Sell取引を用いたODM部品の押し込みを加速することにつながった。業績が悪化していたテレビ事業の業績改善も迫られていたため、Buy-Sell取引を用いたODM部品の押し込みによる、見かけ上の利益のかさ上げが継続的に実施されたという。
Buy-Sell取引を用いたODM部品の押し込みは、不健全であり、解消すべき課題であるとの認識はあった。しかし、これを一気にやめた場合には期間損益に与える影響が大きいため、計画的に数量を減少させ、かさ上げ金額を徐々に減少させるという方向で計画が作成される。当時の計画では、「返済」として2011年度第3四半期に50億円、第4四半期に55億円、2012年度からは半期ごとに100億円ずつとし、2015年度上期には返済が完了する計画が報告されていた。
しかし、パソコン事業と、テレビをはじめとする映像事業の業績悪化によって、返済計画は崩れる。業績をカバーするために、ODM部品の押し込みを含むBuy-Sell利益計上残高は、ますます増加していく。