SIGGRAPHは「コンピュータグラフィックス」ともうひとつ、「インタラクティブテクニック」をテーマにしている。インタラクティブテクニックとはコンピュータとのマンマシンインタフェースのあり方やバーチャルリアリティまでをターゲットとした研究分野である。これに関連した人気の展示セクションが、例年は「EMERGING TECHNOLOGIES」として行われてきたのだが、今年はこの展示セクションの名前が、親しみやすい「NEW TECH DEMO」へと改称されている。
毎年、旧EMERGING TECHNOLOGIES、現NEW TECH DEMOには、日本企業や日本の大学をはじめとした研究機関が多く参加してきたが、今年は例年にも増して日本からの出展が多かった。
ANTS IN THE PANTS~アリやゴキブリがアナタの腕を這い駆け回る!
人間は適度な不快や不安は楽しいと感じてしまう変な生き物だ。だから夏になれば怪談で盛り上がったり、お化け屋敷が盛況となる。
電気通信大学の梶本研究室の研究グループが展示していた「ANTS IN THE PANTS」は、まさにそんな「気持ち悪いのが楽しい」をテーマにしたエンターテインメント系バーチャルリアリティだ。研究テーマの分類としてはHAPTICS(触覚学)に属するもので、コンピュータ映像に対して被験者が実際にインタラクトしたような感覚を体験させる研究分野になる。
被験者は手首から下の腕の部分を覆うインタフェースデバイスを取り付けて、テーブル状のモニタ画面(リアプロジェクション・モニタ)をのぞき込むことになる。モニタ上には庭先のような地面のCGシーンが見下ろし視点で描かれており、しばらく待っていると、これまたリアルな動きのアリがワラワラと地面を徘徊し出す。このモニタにインタフェースを付けた腕を乗せて手をつくと、アリ達が手に集まってくる。すると、画面上のアリは姿を消し、実際にインタフェース内の腕にアリが登ってくる(感覚が味わえる)のだ。
インタフェースはちょうど長袖シャツの袖のようになっているので、虫が袖の中で動き回っているような感覚がリアルに伝わってくる。ただ「くすぐったい」だけではなく、なんというか細い足や触覚がてくてくと足跡を残すように腕に触れるので、本当に虫がいるように感じてしまう。腕を振るうとアリが落ちたということで、画面上には逆さになったアリが落ちていき、それと同時に袖の中のチクチク・くすぐったい感覚は収まる。
要望を出せばアリだけでなく、ゴキブリを腕にはわせた感覚を味わうことも可能。筆者はアリだけでなくゴキブリにも挑戦してみたが、バサバサという乾いた素早い歩行の感じはまさしくゴキブリそのもの!
ではどんな仕組みになっているのか。
虫かご部分にモーター駆動用のマイコンが内蔵される。被験者は袖型インタフェースを巻いて、さらにこの虫かごを肩口に背負うことになる |
映像はプロジェクタから投影される。プロジェクタの上のカメラが赤外線カメラで、被験者の手の位置を検出する |
虫の足と触覚が触れるようなリアルな感覚は、袖型インタフェースの中に34個も仕込まれた小型モーターに、短く切った数ミリ程度の長さの釣り糸をくくりつけたデバイスで実現している。小型モーターは携帯電話などのバイブレーションに用いられるもので、これが回転することで釣り糸も回り、先端が柔らかいチクチク感を表現し、釣り糸の腹の部分がくすぐるような感覚を与えることになる。34個のモーターはマイコンで制御され、虫の数や移動速度に応じて複数のモーターが個別に駆動される。その動きはランダムではなく、虫が移動したように、ちゃんと二次元的な動きが表現されるように駆動される。かなりの凝りようだ。ゴキブリのガサガサとした大きい感じははモーター自体の振動が腕に伝わることで表現しているとのこと。
袖型デバイスには加速度センサーが取り付けられており、腕が振られればこれを検知して虫が地面に落ちていくイベントを起動させる。また、腕の上下方向も検知できるので、袖の中の虫が上を目指すように歩行する制御に役立てている。
また、被験者の手の位置は赤外線カメラを用いて検出しており、被験者の手の位置に虫が集まるCGの動きを作り出す情報として利用される。
言ってしまえば、1つ1つの要素は、既存の技術を組み合わせたものなのでコストはそれほど高くはない。まさにアイディアの勝利といったところだろうか。
なお、このおもしろさが受けて2007年度の国際学生対抗バーチャルリアリティコンテストでは総合優勝を果たしている。ちなみにシステム名の「ANTS IN THE PANTS」は「アリがパンツの中に入った」という直訳の意味ではなく、「いらいらする」というような英語の慣用句。着用が面倒になるかもしれないが、ぜひともズボン(パンツ)バージョンも作って欲しかった(?)。