暗闇から出た先には、色彩あふれる世界が待ち受ける。第9セクション「天空に広がる庭」だ。油絵具で無数のドットを描く行為によってのみ絵画の可能性を追求している内海聖史(1977- )の作品が展示されている。まずは「色彩の下」。展示室の壁面いっぱいに巨大な作品が掛かる。何層にも重ねられた色彩の中から浮び上がる緑や青のドットは、まるで巨樹に生い茂る豊かな葉のようだ。天井から差し込む自然光が、まるで木漏れ日のように心地いい。庭園の中の森を行く気分だ。

さらに進むと内海の代表作というべき「三千世界」が待ち受けている。巨大なカンヴァスに描かれた「色彩の下」とは対照的に、5cm四方の極小の作品が無数に壁を覆い尽くす。その1点1点は、巨大作品と同じようにさまざまな色彩のドットだけで描かれている。「三千世界」とは、仏教用語で一体の仏が教化できる範囲を指し、須弥山を中心にした九山八海のこの世界の千の3乗、10億個分を意味する。まさに「三千世界」、内海の作品を見ていると、色彩あふれる庭園という空間がどこまでも広がっていく、そんな錯覚に陥る。

内海聖史の「色彩の下」は、まるで深い森の中に迷い込んだかのような気分にさせる

内海聖史《三千世界》2006 油彩/綿布 作家蔵 photo長塚秀人 ©Rontgenwerke AG, Satoshi

Uchiumi5cm四方の小さなキャンヴァスが壁を覆いつくす「三千世界」

5cm四方の小さなカンヴァス一枚一枚の中にもドットを重ねた内海の世界がある

色彩があふれる部屋を抜けると、真っ白な空間に出る。片隅に置かれた一輪のガーベラの花。植物を実寸大の木彫で表現する須田悦弘(1969- )の作品だ。最後の第10セクションは「庭をつくる」。なんとも憎らしいエンディングだ。本物と見まごうほどのリアルさで木彫の植物を彫り上げる須田だが、リアルさよりそれがどこに置かれるかというインスタレーションが大きな意味を持つ。あるはずのない場所に、あるはずのないものが現れる。そんな作者のたくらみにまんまと乗る。美術も庭園も、そこが醍醐味だ。

写真上)純白の空間の中に、ポツンと置かれた須田悦弘の「ガーベラ」が一輪

写真左)須田悦弘《ガーベラ》1997 木、岩絵具 東京都現代美術館蔵

「屋上庭園」めぐりを終えて外に出る。なんだかほんとうにいい庭を散策したような、いい気分だ。有名な作家や作品を核にした展覧会は、それはそれで楽しいものだが、こうしたキュレーターの意図の下で明確にまとめあげられた展覧会は、まるで気の利いた短編小説でも読んでいるような小気味よさがある。ぜひ「散策」をおすすめする。それにしても、自然光がふんだんに差し込む展示室、あの心地よい空間で次はどんな展覧会を楽しめるのか。それもまた楽しみだ。

展覧会名 屋上庭園
会期 2008年4月29日(火)~7月6日(日)
会場 東京都現代美術館 企画展示室3F(東京・江東区)
開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日 月曜日(5月5日を除く)
主催 財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
観覧料 一般=750円 / 学生=600円 / 中・高校生、65歳以上=370円 / 小学生以下は無料