楽園が描かれた洞窟を抜けると、ギャラリーに自然光が差し込みホッと一息つく。「庭を見つめる」と題されたこのセクションでは、大正期に細密表現で活躍した河野通勢(1895-1950)のドローイングが7点展示されている。自宅周辺の川べりを集中的に描いた河野だが、その細密表現は驚くばかりだ。一緒に展示されている藤牧義夫(1911-1935)の「隅田川両岸画巻1巻」とともに、鑑賞できる機会は稀だ。すっかり茶色に変色した作品をじっくりと味わう。

河野通勢《叢》1916 鉛筆/紙 東京都現代美術館蔵 その細密描写は驚くばかりだ

やわらかな自然光が差し込む「庭を見つめる」の展示室

まるで花壇を愛でる気分で作品を鑑賞しながらさらに歩みを進めると、版画同人誌が並ぶ「掌中の庭」と題されたセクション。はて、このどこが「屋上庭園」なのかと思ったが、ガラスケースに並ぶ版画同人誌をじっと眺めているうちに、なるほどと気づいた。画を描き、それを彫って、刷る。さらによく見れば、一枚一枚ハサミで切って雑誌に糊付けしているものも多い。究極のアナログともいうべき丹精こめた雑誌作りは、庭作り、花作りと確かにそっくりだ。

東京都現代美術館美術図書館は数多くの版画同人誌コレクションを収蔵する

カラーコピーで復元された版画同人誌。手にとって誌面を鑑賞することができる

日本の版画技術は浮世絵に見られるように分業化して高度に発達したが、明治以降作家が一人で原画から刷りまで行なうこうした創作版画が盛んになった。版画家たちは、数十部単位で版画同人誌を手作りして頒布した。1冊1冊がオリジナルの版画作品だ。印刷が当たり前の現代から見ると、なんとも贅沢なアートに見えてくる。会場では、カラーコピーされた版画同人誌を自由に手に取って見ることができる。掌中で愛でる様は、さしずめ庭園に置かれた見事な鉢植えか盆栽といったところか。

「アトリエの庭」は、高い吹き抜け天井から自然光が差し込む開放的な大空間

美術館の本物の中庭を見下ろすガラス張りの通路を進むと、高い吹き抜け天井から明るい光が燦々と差し込む広々とした空間が開ける。まさに「屋上庭園」、まるで庭園の中の広場に出たような気持ちよさだ。日本の美術館には稀な空間。ここを見れば、「屋上庭園」というコンセプトの展覧会を開いた気持ちがよく分かる。第4のセクション「アトリエの庭」、ここには東京美術学校で黒田清輝の指導を受け、20代から官展で高く評価された牧野虎雄(1890-1946)の作品が並ぶ。牧野は、多摩美術学校(現在の多摩美術大学)の創設者でもある。東京都現代美術館は、牧野作品を70点余も所蔵しているが、これもまたふだんはなかなか鑑賞できない貴重な展示だ。

牧野は、1920年代から30年代にかけ、当時まだ豊かな自然が残る代々木、和田、長崎といった東京郊外に居を定め、生い茂る夏の庭を鮮やかに描いた。繁茂する植物の生命力が、そのままカンヴァスを覆い尽くすかのような勢いだ。まさに庭が牧野のアトリエだった。会場の中央に立ち、壁を取り囲む牧野作品を見ていると、真夏の草いきれが漂い、遠くセミの鳴く声まで聞こえてきそうだ。

牧野虎雄《芥子》c.1925 油彩/カンヴァス 東京都現代美術館蔵

繁茂する植物に覆い尽くされた牧野虎雄の作品からは、夏の草いきれが伝わってきそうだ