マティスの楽園的なイメージの庭を通り過ぎると、その先にモノクロームの世界が現れる。まるで庭園の中の異空間に出くわしたような衝撃だ。第7セクション「記録された庭」は、腐食銅版画家の第一人者・中林忠良(1937- )の版画シリーズ「転位」で埋め尽くされる。植物を複写機でコピーして銅板に転写、ニードルなどで陰翳を施した上で銅板を腐食させるという独自の手法は、植物が生成し朽ちていく姿そのものを想起させる。

中林忠良《Transposition – 転位-III》1979 エッチング、アクアチント 雁皮刷 東京都現代美術館蔵

中でも見逃せないのは、正面の壁面に並ぶ18枚の腐食銅版画だ。「Transposition – 転位-III」(1979年)の原版を腐蝕液に浸け、2時間ごとに刷ってその腐蝕過程を追った実験的な作品。まるで描かれた植物そのものが朽ちていくかのように、銅板は少しずつ朽ちて姿を変える。そこには作者も意図しなかった思いもよらぬ形状が現れる。それは時に自然界に現れる形状そのままだという。この世にあるものは、すべて腐食して朽ちていく過程にある。諸行無常…、中林の作品は見る者を深い思索の世界に誘う。

「記録された庭」の一角に、見過ごしてしまいそうな黒いカーテンが下がっている。暖簾のようにかきわけて中に入ると、映写ルームになっておりビデオが上映されている。第8セクション「記憶の中の庭」だ。ゆったりした絨毯スペースには座布団も用意されている。しばし庭園散策の歩みを休めて、寛ぐのも悪くない。上映されているのは、フランス人アーティストのブノワ・ブロワザ(1980- )の映像作品「Bonneville」だ。

この黒いカーテンの内部に第8セクション「記憶の中の庭」がある。通り過ぎてしまわぬように

ブノワ・ブロワザの「Bonnneville」は、ゆっくりと足をのばしても鑑賞できる

ブノワ・ブロワザ《Bonnneville》2005 DVD 作家蔵

タイトルは、作者自身のふるさとの名。記憶の中から紡ぎ出したふるさとの細部をドローングし、さらにドローイングを切り抜いた紙の模型と組み合わせて、それを3DCG化した作品だ。画面は、雪の舞う街の中をただひたすら移動し続ける。モノクロのシンプルなイメージと、時間軸で変化する風景が不思議に心地よい。作者が我が家の庭のように慣れ親しんだふるさとが、いつしか自分自身のふるさとの風景に重なってくる。