美術館に行く前から、心が躍った。東京都現代美術館で開催されている「屋上庭園」展。庭を造る行為を作品制作にたとえたという美術展だ。この言葉だけでも十分そそられるのに、「自然光の差し込む3階展示室を屋上庭園と捉え、庭をめぐる近現代の作品を紹介」すると、案内状にある。いったいどんな「屋上庭園」が広がっているのか。わくわくしながら、会場へ向かった。
「屋上庭園」というなんとも小粋な設定に加え、この展覧会には2つのお楽しみがある。まずは貴重な大正期、昭和前期の作品に出会えること。東京都現代美術館は、東京府美術館(現在の東京都美術館)のコレクションを受け継いだが、戦後美術の紹介を核としているため、それらの作品はふだん滅多に公開されることがないためだ。そしてもうひとつは、現代の若手作家の作品もふんだんに取り入れていること。大正から現在まで、まさに百花繚乱の庭園に違いない、と期待は膨らむばかりだ。
エスカレーターに乗って会場である3階へ上がっていくと、突然目の前にグロテスク模様に覆われた白い入口が現れる。第1のセクション、ニコラ・ビュフ(1978~)による「グロテスクの庭」がすでに始まっている。入口を潜り抜けると、内部は一転して真っ黒な空間。黒壁に白線で描かれたグロテスク模様が四面を埋め尽くす。洞窟(グロッタ)で発見された壁面装飾から生れたグロテスク模様。ビュフは、暗い洞窟に神話世界の楽園を描いたという。のどかな庭園をイメージしていると、いきなり脳天に一撃を喰らう。意表をついた庭園散策の始まりだ。
作者のニコラ・ビュフは、現在日本で活躍するフランス人アーティスト。今回、展示室内を仮設の黒壁で覆い、約1週間をかけてポスカでこの大作を描き上げた。正面は、サテュロスを中心にした労働を知らぬ黄金時代の楽園、左手にはゼウスが支配する農耕が始まった白銀時代。さらに戦いの青銅時代、黄金時代へと続く。よく見ると、ロボット、和風建築、「ドスッ」「ドカン」などの擬声語まで、古今東西のイメージが混在し、ユーモラスですらある。この作品、展覧会が終わると、うたかたの夢のように消えてしまう運命にあるそうだ。