正午頃、右足の小指に違和感が走った。多分水ぶくれができたと思われる。ずっと手にしていたノートがじんわり湿ってきたのを感じる。12時3分、スタートから15km地点に到達。一休みする。参加者のほとんどはおやつやパンなどを持参して栄養補給をしている。さすがだ。自分はへとへとだが、お茶しか持っていない。甘いものでもあれば良かったと悔いても仕方がない。いつかはこの旅が終わることを信じてひたすら我慢する。
12時17分、日本一低い水準点に到達。「-256.6m」と書かれている。12時30分頃、太ももの裏も痛くなる。10分後、左足の裏が痛くなったことに気付く。どうやら水ぶくれができたらしい。でも今はどうしようもない。ひたすら一歩ずつ歩くだけだ。それにしても他の参加者は全然疲れていないようだ。女性も年配の方もおられるのに、「疲れた」とか「足が痛い」とか言っている人は1人もいない。さすが、23.3kmも歩こうというツアーに参加する人は最初からそういう心構えのある人ばかりなのだろう。
さて、今まで通って来たところは比較的明るかったが、今度はより暗い北海道側の先進導坑に進む。。時折懐中電灯で足元を照らしながら、暗い先進導坑を進む。途中、滝のように激しく水が流れている箇所や大量の鍾乳石が固まっている箇所に出会う。足元には水や泥が溜まっている。ハリウッド映画に出てきそうないかにもトンネルらしい光景だ。先進導坑の中は風がなくて暑く、上着を脱いでリュックサックに引っ掛ける。
14時6分、水門に到達。この水門は本坑の水を排水するポンプが故障で止まった時に閉め、先進導坑に水を一時的に貯めておくためのものだ。先進導坑全体で10万立方メートルの容量があるとのことでポンプ復旧までしばらく時を稼げるとのことだが、幸いにも水門がその役割を果たしたことは一度もない。
14時12分、そのポンプにご対面。5基のポンプが交代で動き続けている。青函トンネル全体では3カ所のポンプ設備があるが、他の2カ所が壊れてもここさえ動いていればトンネルが水没するとことはないという。
14時20分、青函トンネルで最も低い地点にたどり着いた。もう体はボロボロである。太ももの裏、ふくらはぎ、くるぶし、足の裏、そして小指が痛い。そしてなぜか背中の筋肉もとても痛い。だが、ここから2,102段の階段を上らなければ地上には出られない。本当はケーブルカーが横にあり「どうしても上れない方は乗ってください」と言われたのだが、他の参加者が乗っていないのに一応まだ若い記者が乗るのはとてつもなく卑怯な気がする。というよりむしろ恥ずかしい。いや、記者としてはきちんと最後まで体験すべきだというのが先に来るべきか。とにかく一段一段上るしかない。上を見上げる。とてつもなく地上が遠い。
階段というのはこんなに足が上がらないものなのか。息が上がる。半分まで上って来た時、上着がないことに気付いた。階段の途中でリュックを一旦降ろした際に落としたようだ。上着には編集担当者から借りたちょっと大切なものが入っていたのだが。「なくさないでくださいね」との編集者の言葉が頭をよぎるが、今さら階段を下りて上着を探す余裕などあろうはずもない。今となってはどんな大切なものより自分の体のほうが大事だ。考えようによっては、人知れず地底にひっそりと眠る上着というのも夢があっていいではないか……。段々考えることもいい加減になる。14時54分、ついに地上に到達。約6時間半のウォーキングはやっと終わりを告げた。