誕生して約70年、その歴史を振り返る

『バットマン ビギンズ』に引き続きクリスチャン・ベールがバットマンを演じる

北米で公開されるや大ヒットを巻き起こした、この夏最大の話題作『ダークナイト』。本作は、新しいバットマン映画として製作された『バットマン ビギンズ』(05年)の続編である。

タイトルから「バットマン」の文字が消えたのは、当キャラクター史上初めてのことだ。これは人気キャラクターの看板にとらわれず、新しい境地に挑戦しようとするクリストファー・ノーラン監督やスタッフたちの意気込みの表れだという。

だがもちろんキャラクター性を無視しているわけではない。「ダークナイト(闇の騎士)」とは、コミックでよく使用されるバットマンの別名だ。このニックネームはバットマンが闇夜に跳梁する恐るべき存在であることを示している。単なるアメコミヒーローとは違うというわけだ。

映画の内容のレビューに行く前に、ここでバットマンの歴史をざっとおさらいしてみよう。

コミックでのバットマンの登場は1939年で、すでに生誕70年が近い。誕生当初から、モノトーンのシックな装い、コウモリの怪奇的なイメージ、冷静な物腰は他のヒーローとは一線を画するものだった。

バットマンはコミック以外のメディアでも人気を呼んだ。それまで2回ほど映像化されていたが、一気にブレイクしたのは、60年代の「バババ…バットマーン」の主題歌で日本でも人気を博したバットマンの実写TVドラマだ。コミックの派手で能天気な明るさにスポットをあてたこのドラマは、「キャンプ」(下品な派手さを逆手にとって楽しむ)という表現の流行を生んだ。確かに、ドラマは愉しい見世物だったが、バットマンの特長であるダークな雰囲気はこの時すっかり息をひそめてしまった。

だが、70年代から80年代にかけて原作コミックはそのイメージを払拭し、再びダークな路線に戻りはじめ、新しい読者の支持を集め始めるのに成功し始めた。そして89年にはティム・バートン監督による映画が公開、世界中で大きな成功を収める。これは監督独特のダークファンタジー路線が評価されてのことだった。

この頃にはバートン映画の世界観を下敷きにした新しいアニメシリーズもスタートしている。このアニメは、黒いボードの上に作画されるというこだわりぶりで、日本放映時にも高い人気を得た。

最低の失敗作でシリーズは停滞

しかしこの映画シリーズも、バートンが2作で降板するとたちまち方向性を失ってしまう。バートンと交代したジョエル・シュマッカー監督は、4作目に当たる97年の『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』で、60年代のキャンプ・テイストの復活を目論んだ。もっと子どもにアピールする作風を、というスタジオのリクエストに応じたのだという。だが派手派手しいだけで空っぽの内容、そしてどういうわけだか乳首のついた新コスチュームは子どもにもそっぽを向かれ、観客の失笑を浴び、最低の失敗作とみなされることになった。ここでいったんバットマンの映画化は打ち切られることになってしまう。

その後、スタジオには何度もバットマンの企画が出ては見送られていったという。だが共通しているのは、それらの企画がすべて「本来のダークな雰囲気のバットマンの復活」を目標としていたことだ。誰もがこれまでのバットマン映画に違和感を感じていたのだ。

その中でも数年かけて企画を練っていたのが『ファウンテン 永遠につづく愛』のダーレン・アロノフスキー監督だ。彼はバットマンのエポック・メイキングとなったコミック「バットマン:イヤーワン」(日本語版コミックはJiveから出版)を、原作者のフランク・ミラー(『シン・シティ』)と共に映画化しようしていたが、結局は内容が過激すぎ、大人向けに偏重していると判断され、ボツをくらうことになった。

暗く、過激なバットマンが戻ってきたとき、歯車は再び動き出す

だが、バットマンは本来そうした世界観を持つキャラクターであり、むしろその点こそが観客には受け入れられるということを、数年後にはクリストファー・ノーラン監督が『バットマン ビギンズ』で証明することになった。『ビギンズ』は結局、「バットマン:イヤーワン」の世界観をベースにしたのだ。

そして『ダークナイト』は、この認識を、再度、最高の形で蘇らせた。シリーズ中最も過激でダークな世界観が展開する本作は、封切後2週間で、過去のシリーズ最高記録を保持してきたバートン版『バットマン』の興行収入を軽く上回る数字を出している。最終的には映画史に残る成績さえ期待されているのだ。そして本作は批評家からも観客からも、『ビギンズ』を上回る絶賛を受けている。アロノフスキーは今ごろ複雑な心境になっているかもしれない。

次項では、『ダークナイト』の内容をじっくりレビューする。