• 『Japan’s Got Talent』 (C)AbemaTV, Inc

――ABEMAでは、こちらも大型企画の『Japan’s Got Talent』を担当されていますが、地上波のテレビと違う面白さは、どんなところに感じていますか?

テレビはゴールデンタイムになると100人ぐらいスタッフがいることもあり、プロデューサーも作家も何人もいるんですが、ABEMAは僕1人で考えなきゃいけない会議や、オーダーに応えないといけないことも多いので、それがやりがいにつながりますね。そのやりがいは、しばらく地上波で味わえてない部分でして、「ワールドカップやります。本田さんで成功させなきゃいけません。お願いします」って言われたら、やっぱり燃えますよね。本当に少人数なので、作家ではあるんだけど、演出面も考えさせていただいたお仕事だったんです。ABEMAさんの仕事はそういうことが多くて、今回の『Japan's Got Talent』も結構俯瞰で見させていただいている部分があります。

放送作家って、最初は青島幸男さんがクレイジーキャッツのコントを書いていたところから、高田文夫先生、秋元康さん、鈴木おさむさんと、時代の変化とともに役割も変わってきてると思います。酒井健作さんが『ドッキリGP』(フジテレビ)の演出になりましたが、これもまた1つ新しい形になってきたなと思いますね。

――地上波とネット配信を分け隔てなくやってらっしゃいますが、よく言われる「規制」の部分で大きな違いは感じますか?

地上波はBPO(放送倫理・番組向上機構)もあり、テレビ局がやや自主規制する側面もあるのかもしれないですが、そんなには変わらないと思います。

――企画の発想の仕方は違いますか?

これは全然違いますね。テレビというのは1クールとか2クールとか、中長期的にランニングしながら数字を育てていくということができますが、ネットは1打席なんです。もちろんレギュラー番組もありますけど、終わろうと思ったらすぐ終わらせられる。だから、初回は確実に当てていかないといけないというのが、より強いですね。サムネイルのインパクトも考えますし、『亀田興毅に勝ったら1000万円』なんてネットならではだと思いますね。

――番組タイトルも、内容がすぐ理解できるところを意識されるのですか?

1打席もあり得るので、おのずと番組の持つストロングポイントを短文で伝えるタイトルワークになっていきますね。古くから地上波では、『笑っていいとも!』『アッコにおまかせ!』『題名のない音楽会』など、末永く番組の世界観を愛してもらえるタイトルが主流でしたが、ネットの普及とともに『ポツンと一軒家』『池の水ぜんぶ抜く』など、パッケージより内容物を伝えるものが増えました。ネット番組は『〇〇に勝ったら1000万円』をはじめ、特にその流れが強く出ていると感じますね。

――テレビとネットを股にかけてご活躍される中で、「オワコン」と言われることもあるテレビの役割は、どのように考えていますか?

テレビの前からあったエンタメはラジオですが、ラジオは「radiko」が生まれて、また新たな魅力あるエンタメになっていますよね。芸人学校にも「ラジオをやりたい」という芸人の卵がたくさんいます。テレビもそうなっていく移行期だと思っています。

ラジオ産業は映画産業が出てきて、言葉は違えど「オワコン」と言われ、映画はテレビ産業が出てきて「オワコン」と言われた。ですが、ラジオ界にも映画界にもテレビ界にも輝いている人たちがたくさんいます。消えたのは「銀幕スター」「TVスター」という呼称だけで、単純にユーザーが楽しむ選択肢が増えているんですよね。なので、テレビの役割はTVerなどの新たな試みをどんどんやりながら、変容し進化する。僕はその渦中の中で、好きなテレビをずっとやっていくと決めていますから。

――テレビに未来を感じてらっしゃるんですね。

僕は未来しか感じていないですね。ただ、土曜夜8時に家族がお茶の間にそろって、そこに鎮座するテレビをみんなで見るというスタイルは当然変わる。でも、テレビがやれることは、まだまだあるんじゃないかと。

例えばですが、テレビを視聴しながらスマホ画面をタップして解答するクイズ番組があれば、日本と韓国の視聴者が対決することもできる。ワールドカップであれだけ盛り上がるのであれば「テレビも国際マッチができないか?」って考えると、一気に可能性が広がりますよね。「みんな土曜の8時に集まれー! 今日はアルゼンチン戦だー」とか言って、自分のパーソナル情報を入れて、「まずは60代への問題です」ってなると、正解したおじいちゃんが家族のヒーローになる。「次は10代への問題です」ってなると「子どもたち頑張れ!」みたいなことになる。茶の間の団らんもよみがえる。

そういったことを想像できなくなった人が「テレビってオワコンじゃね?」って言い出すんだと思います。僕はまだそういう可能性を感じてるから、テレビ界で「もがく」とも思ってないです。まだまだ楽しく泳ごうと思ってます。

――流川Dをはじめ、若手制作者と100本企画を作ったというお話をされたじゃないですか。これは、全部テレビの企画ですか?

はい、全部テレビです。もちろん、その100本以外でテレビじゃない企画も考えてはいますが、人生が暗転したとき救ってくれたのは間違いなくテレビなので、そのテレビに恩返しするためにも、今年も最低100の番組企画を作って提案していきたいですね。

■「とりあえず受けてみよう」を続けてきた結果の現在地

――放送作家から、小説家、コメンテーターと活動が広がっていますが、どのようなきっかけがあったのですか?

日頃からNSCの生徒に、仕事に対する姿勢として「二度目は断っていいけど、一度目は受け取った方がいいよ」と言っているんです。一見、自分には向いてない仕事だと思っても、受けてみると未来の自分を切り開く剣になることが大いにあるからです。僕自身、何か声がかかったときは「とりあえず受けてみよう」を続けてきた結果が現在地になっていると言えますね。

例えば、最初は自分には不向きだと思っていた池上彰さんの番組に10年以上携わってきましたが、小説を出版したとき『サンジャポ』のプロデューサーが読んでくださって「コメンテーターをお願いできないですか?」と電話がかかってきて、「受けてみよう」の精神で飛び込んでみたら、選挙や、貿易摩擦、TPPなどの話題を振られたときに、いつの間にか答えられる自分になっている。それは池上彰さんの番組をずっとやってきたおかげなんですよね。

――だから、担当番組の幅も広いんですね。

とりあえず絶対受けることにしてるんです。合わなかったら向こうがお断りしてくるでしょうし。そういったスタイルなので、動物番組、アイドル、スポーツ、音楽、コント、ドキュメント、クイズ番組もやらせていただきましたし、いつの間にかあらゆるオファーにも対応できるようになっていきました。

――出役を経験して演者さんの気持ちが分かるようになって、裏方の仕事に生きる部分もありますか?

それはあると思います。裏方をやっていると「なんでここでしゃべれないんだろう」とか「なんでここでこんなこと言っちゃうんだろう」とか思うこともあったんですよ。でも、いざ『サンデージャポン』の生放送で「30秒前です」って言われたら、「これはできないわ…」って思いました。だから、タレントさんに対するリスペクトがさらに深まったし、それを経験することによって生まれる企画もありますね。視野を手に入れるとそこから生まれる企画もあるので、すごくプラスになっています。