相手は相手、想定しても仕方ない

――大変興味深いお話なので、もう少し聞かせてください。定跡作成は負担ではないということですが、とはいえある程度幅広い戦型で定跡を作成しているわけですよね。

藤井「そうですね。ただ、これまでも定跡作成をやってきたので、部分的に見直すことはあっても一遍に全部変えるということはありません。なのでそこに特に比重を置いているということはないです」

なるほどのロジカルな回答です。定跡作成は秘伝のタレのように継ぎ足し継ぎ足しでやっているのでそんなに大変ではないのだと。

じゃあ「自分の定跡」より「相手の研究」の方が先に行ってたらどうするんですか?と聞きたくなりました。

――実戦で藤井先生の定跡の範囲より相手の研究の方が少し先まで行き届いていた場合は、若干指しにくいということになるのでしょうか?

藤井「先後どちらかによります。後手番であれば定跡を抜けた局面が互角であれば仕方ないので相手の研究が深くてもある程度受け入れることになると思います」

――なるほど。どちらが先まで行っているか、というより抜けた後の形勢が問題だと。

藤井「何と言うか、自分は自分ということですね。あらかじめ相手より深く研究しようと思っても、それはやってみなければわからないというか、相手が何を指してくるかはわからないので、想定しても仕方ないのかなと。自分は自分で定跡を作っておいて、そこを抜けたらあとは考えればいいと思っています」

相手の研究が自分の定跡の範囲を超えることを藤井先生は問題視していませんでした。定跡の範囲内であれば少なくとも互角ではあるので、そこから先はその時に考えれば良いという発想。相手が何を指してくるかどうせわからないので、自分は自分で定跡の範囲を粛々と広げておきますよと。

・・・でも待ってください。定跡を抜けたところが互角の局面なのはいいとして、そこから形勢を維持するのがとても難しかったらどうするのでしょうか?

例えば、角換わり腰掛け銀などで、互角を維持するのはこの一手だけで、それ以外は急転直下で悪くなる、ということはよくあります。また、相掛かりなどの手の広い場面で最善手を探し出すのが非常に難しい場面もあります。

そうなるとやっぱり研究が行き届いている方が有利なんじゃないかなーと思いますよね?
それが次のテーマにつながっていきます。