――今回の対談にあたり金川さんから、なぜ『ザ・ノンフィクション』という番組がここまで人気になったのかを聞いてみたいと伺いました。
金川:はい。『ザ・ノンフィクション』は、本当にドキュメンタリーで気を吐いて、成功されてらっしゃると思っているんです。固定ファンもたくさんついているようにお見受けしますし。そうなっていくには、西村さんがおっしゃったように「ドキュメンタリーだから見ている」ということじゃなくて、「このコンテンツが面白い」と思って見てくれる人がどれだけ増えるかという話だと思うんです。なので、30年という長い時間でどのようにやって人気に火がついていったのか、ぜひ教えていただきたいなと。
西村:先ほど金川さんが、テレビ局の中でドキュメンタリーはどこか日陰の存在というイメージがあったとおっしゃっていましたが、制作者側もどこか「自分たちは質の高い、良質な番組を作っているんだ」という意識を持っていた時期があったと僕は思うんです。構造的な問題で言うと、2000年くらいになってから民放でドキュメンタリーの枠が減って、制作者が高齢化していった。そうなると、彼らは自分が面白いと思うものを作って、その結果自分と同じか、それ以上の世代しか見ないようになり、それを見た人は「とてもいい番組だった」と思うけれども、その輪が広がっていかないし、制作者も広がっていかない、ということが続いてきました。
そんな中、僕が5年前に『ザ・ノンフィクション』のチーフプロデューサーになって思ったことは、若者のテレビ離れと言われているけど、今、動画は人類史上一番見られているのだから、そこにチャンスがあるはずだと。そして周りを見渡すと、あらゆるバラエティコンテンツにおいて、いわゆるドキュメンタリー性が「ヒットのカギ」になっていたんです。リアリティーショーやドッキリ番組もそうだし、『イッテQ』、『オモウマい店』など、予測のつかないドキュメンタリー性のあるものがヒットしているじゃないですか。そこをつかむしかないと思って、最初にやったのは、F2層(女性35~49歳)をドキュメンタリーの視聴層にスライドさせようということだったんです。そこは長寿番組の安心感で、ちゃんとしたものを作ってさえいれば、上の世代の人は見てくれるので、あとは若い人が興味を持ってくれるように、番組の“顔つき”を作っていきました。番組内容はもちろん、タイトルやナレーターさん、「サンサーラ」の歌い手さんの決め方も含めて、本来映像が好きな若い人たちに見てもらえるようにとにかく心がけてスライドしていった結果、視聴者層が広がっていったというのがありますね。
――タイトルの部分で言うと、どんな工夫があるのですか?
西村:一番は「自分には関係のない話」と思われないことが大事だと思っています。テレビに向かって自分の価値観をぶつけられるような、取材対象者の姿を通して、価値観や生き方の提示をすることを大切にしています。例えば、単純に『婚活物語』ではなくて『結婚したい彼と彼女の場合』とします。テレビを見ている人が、婚活をしていなくても、結婚してても、していなくても、世代を問わず誰もが「もしも自分だったら…」という気持ちで、登場人物たちの言動を見ていけるように“水を向ける”のです。「あなたならどうしますか?」ということですね。それは必ずしも「共感」でなくてもいい。とにかくテレビを見て、自分と関わりを持てるかというところがとても大事なので、そこをとにかく狙って作り続けています。
ただ今回、面白かったのは、Yahoo!ニュースさんは「共感」というのを重視されていて、我々と意見が違ったんです。この前話題になった婚活の回は共感だけじゃなくて、「こんな人と結婚したくないな」とか「あれ? 意外といい人かも」とか自分が関われるんですよ。この現象は、ドラマやバラエティではあまりなくて、実際にいる人物で実際に起きていることだから、強い意見を持って、誰かと思わず語り合いたくなる。そんな気持ちをいかに作れるかだと思っています。
金川:いかに“引っかかり”を作るかということですよね。「今晩泊めてください」と言って泊まる人の回(『今晩 泊めてください ~ボクと知らない誰かのおうち~』(23年10月8日・15日放送)もそうでした。
西村:あのシュラフ石田さんの回が本当に面白いと思ったんですよ。こんなにいろいろ番組をやっていても知らない価値観があるんだと感心して、僕の中では『NHKスペシャル』にも負けないと思いましたね。そういうことを、みんなで語り合ってもらえるように意識しています。
――私は『ザ・ノンフィクション』のナレーターさんやディレクターさんへの取材記事を書いてYahoo!ニュースさんにも掲載いただいていますが、コメント欄を見ると「返信」する人がものすごく多いんです。ユーザーの皆さんが“語りたくなる”番組なんだといつも感じています。
金川:今は核家族や単身世帯も増えていますし、一つのものを見て、それに対して考えることがあっても述べる場所がなくなってきている部分があると思います。今回の取り組みでもコメントできるようになっているので、そういう場として良い方向に見てもらえるといいなと期待しています。
「クズ人間」と言われる人も制作者は本当の意味で愛する
金川:『ザ・ノンフィクション』には、被写体に対する愛情みたいなものを感じるんですよね。婚活の回なんて、もうみんな抱きしめたくなるんですよ(笑)。もちろん、ご本人にとって嫌なところも見せるけど、基本的には作り手の愛情があって、優しい眼差しを感じるんです。
西村:制作側は本当に付き合いが長くなってくるので、本当の意味で愛してないと作れないんですよね。だから、ケンカもするし、説教もする。SNSでどんなに「クズ人間」と言われる人も、制作者は愛しています。放送が終わっても付き合いは続いていくので、その人の人生を世にさらすということの覚悟を最初に決めているんです。本当に嫌いになっちゃうパターンもあるんですが、その場合は、やっぱりいい番組にならないですね。
――決して「輝いている人」ばかりではない「市井の人」を追う『ザ・ノンフィクション』ならではの信頼関係ですね。
金川:僕らもこれまでクリエイターさんたちと一緒に作っていて、取材対象についてどこまで責任を取って描いていくのかという意識が、制作者一人ひとりによっても違ったりするので、被写体と作り手の信頼関係というのは、改めて大事だと思いますね。そうした中で、“引っかかり”をネットの中でどう表現していくかが、まさにカギなんだろうなと思いました。