キャラクターについて決まっているのは、その役の職業や置かれている状況のみ。バックボーンや言ってほしいセリフなども、制作側では一切考えられていない。

真木は耳に無線の小道具を付けているが、スタッフからの指示が入るイヤホンの機能は全くない。アドリブシーンは1回も止めず、撮り直しもしないと決めることで緊張感を高め、撮影を終わらせるのは、「30分ぐらい経ったら『終わってください』というカンペを1枚出すだけ」で、収束の仕方まで完全に任せた。

それだけに、「普通のドラマだったら、大体の全体のプロットやあらすじ、出演する回の脚本、役どころの資料があってオファーするんですけど、“劇団ひとりさんが出ます”、“アドリブで次の話が決まります”、“脚本は当日お渡しできると思います”、“その先はなるようになると思いますんで”っていうめちゃくちゃな説明しかできなくて、これは誰も出てくれないんじゃないかという恐怖がありました(笑)」という極めてハードルの高いキャスティング作業に。

そんな条件下でも、劇団ひとりのバディ役を演じる真木と門脇をはじめ、芸人だけでなく俳優陣にもオファーしたのは、「芸人さんしかいないと“笑い”だけに向かうので、それはそれで面白いと思うんですけど、ストーリーが転がっていくダイナミックさを見せたかったんです」という理由から。真木は、『ボイス 110緊急指令室』(日本テレビ)などで長年一緒に仕事をして信頼を寄せるAX-ONの戸倉亮爾プロデューサーからのオファーということで、この突拍子もない企画を引き受けた。

  • 真木よう子

  • 門脇麦

  • (C)DMM TV

アドリブで完全に任せるからには、メイン以外も盤石の出演者で臨んだ。「特に第1話は、岩崎う大さん(かもめんたる)やヒコロヒーさんなど、“演出気質”のある芸人さんにお願いしました。その場で物語を生成して、自分で演出をかけられる人にしないと、最初なので大変だなと思って、わりとメインどころの役割を担ってもらいました」と狙いを語る。

制作側からストーリーを委ねられるという重圧のかかる現場に、果敢に挑んだ劇団ひとりら出演者たちには、「コント師の皆さんも俳優の皆さんも、よくこんな怖いことができるなと思って、すごいなと思いながら見てました。特に真木さんと門脇さんは、どんなボールにもひるまず対応して物語を膨らませてもらって、凄味も出ていて、ここまでやってくださるとは、本当にありがたいです。アドリブをやりながらお話がちゃんと生成されて、何かしら物語が進んでいくので、本当に皆さん手練れだなと思いました」と感服。

さらに、「“あの人の行方はどこなのか”、“あの組織の正体は何なのか”など、演者の皆さんが適当に言ったことが雪だるま式にどんどん膨らんでいって、壮大なサスペンスになっていくのが、めちゃくちゃ面白くて、不思議とだんだん深い物語に見えてくるんです」と言うように、出演者と上田氏の掛け算によって今作ならではの醍醐味が味わえた。

アドリブシーンで“スタッフ笑い”は入れないと判断。「スタッフが笑うことって、“ここで面白がってください”とガイドになるのですが、この作品に関してはそれもしないほうがいいと思いました」と、ドラマシーンと地続きにすることに徹している。

■『有吉の壁』に通じる根底の発想

見事に転がっていくアドリブもあれば、当然、そうもいかなかい場面もあり、「上手くいった日は意気揚々と帰って、上手くいかなかった日は撮影場所の近くのファミレスで大場さんと上田さんと反省会をするという繰り返しでした」と回想。

「奇跡も起きるし、大失敗も起きるんですけど、それも含めてドキュメンタリーとして楽しんでいただけたら思うんです。“これは何を見せられてるんだ!?”という違和感で不思議なものを見てる感覚になるし、何だか分からないからこその勢いが出る。ひとりさんも言っていたのですが、万人に愛される作品ではなく、好きな人がすごく好きになってくれる作品だと思うんです。僕はすごく好きな作品になったのですが、そこが他の番組と似ても似つかないものになっているところだと思います」と手応えを語った。

このように、“どう展開していくか読めない”感覚は、『有吉の壁』を立ち上げたときを思い出したのだそう。

「最初に、熱海で『一般人の壁』をやったときは、自分でも何を作っているのかよく分からなくて、ロケの間も“これ何撮ってるんだっけ?”と思ったくらいなんですけど(笑)、終わった後に“こういうことができるんだ!”という熱狂があったんです。制作側が舞台までを用意して、そこで演者さんに思い切り暴れてもらって、あとは編集で形にするというのは、根底の発想として『有吉の壁』と近いものがあるかもしれませんね」