劇団ひとり、真木よう子、門脇麦らが出演するDMM TVのバラエティコンテンツ『横道ドラゴン』が配信をスタートした。東京都内で発生する殺人事件の解決に挑むクライム・サスペンスだが、捜査シーンが台本なしのアドリブで展開され、そこで飛び出したセリフや要素を盛り込んだ脚本を、上田誠氏(ヨーロッパ企画)がその場で執筆。この脚本で1時間後にはドラマシーンを撮影…を毎話繰り返していくという前代未聞のスタイルで制作されている。
プロットも結末も用意せずに撮影に臨むという、ある種“ギャンブル”とも言える今作の企画・総合演出を務めるのは、日本テレビで『有吉ゼミ』『マツコ会議』『有吉の壁』などを手がけ、昨年末に独立した橋本和明氏(WOKASHI)。なぜ、制作者として非常にリスキーな作品に挑んだのか。そして、この特殊な手法だからこそ見えた役者陣のすごさ、しびれる制作現場の熱気などを聞いた――。
■考察しようがないサスペンスを作りたい衝動に
今回の企画は、DMM TVでバラエティコンテンツを手がける大場剛氏からのラブコールがきっかけ。橋本氏のAD時代から20年弱の付き合いで、ドラマ『でっけぇ風呂場で待ってます』(日本テレビ)ではともに監督を務めていた大場氏だが、制作会社・極東電視台からDMM TVに移籍していた。
その誘いを受け、橋本氏の中にメイン出演者として浮かんだのが、劇団ひとり。「昔から大好きで、一緒にお仕事してみたいなと思ってたんです。2.5次元俳優たちの『ろくにんよれば町内会』というバラエティにひとりさんがゲストで来てくれて、帰りのエレベーターで“何か一緒にやりたいですね”と話をしたので、DMMさんのお話が来たときに“これだ!”と思って企画書を作りました」(橋本氏、以下同)と動き出した。
“アドリブによって結末が変わるクライム・サスペンス”という企画は、脚本・監督経験が豊富な劇団ひとりがプレイヤーだからこそできるとも言えるフォーマットだが、どのように成立したのか。
「今、ドラマはめちゃくちゃ考え抜かれた伏線を張って、みんなに考察をしてもらう時代じゃないですか。でも僕らはバラエティ班なので、逆に伏線の張りようがない、考察のしようがないサスペンスができないかなという、ちょっとよろしくない衝動が抑えられなくなってきて(笑)。演者さんにアドリブしてもらって、そこから脚本を書いて、またアドリブしてもらって、脚本を書いて…という形で1本の物語になったら、すごくワクワクするものができるんじゃないかと思ったんです」
ここで大いに悩んだというのが、演者にどこまでのレベルでアドリブをしてもらうかということ。当初は想定台本をしっかり作った上で、それをアドリブで壊してストーリーが変わっていくという形も考えていたが、劇団ひとりに説明しに行くと、「ストーリーは全く知りたくない」ときっぱり。さらに、ベースとなる第1話の流れやキャストを説明しようとしても、「それも聞きたくない。共演者も現場で知りたい。セットもドアを開けて知りたい。僕はテレビの仕事が長いから、せっかく新しく配信でやるなら、スタッフも演者もヒリヒリするようなものをしたい」と、“完全な丸裸”で臨む決意が伝えられた。
結果として、ひとりに何も説明せずに帰ることになったが、橋本氏は「“こうしてほしい”という理想や、“こういうふうに犯人が自白してほしい”といった想定を作っておくなら、たしかにこの企画をやる意味はないと思うに至りました。制作側ではここまで思い切れないですが、ひとりさんの言葉があったからこそ、腹をくくることができたんです。あの打ち合わせがなかったら、もう少し無難に作っていたと思いますね」と、今作を方向づける大きなポイントだったと振り返る。
■「現場に行くのが憂鬱な気持ちになる(笑)」
しかしこの決断によって、本番初日を迎えるまで、苦悩の日々を送ることになった。
「ディレクターとしては、めちゃくちゃ怖い仕事です。僕も20年やってるので、バラエティでも“ここまで決めておけばこれぐらいの撮れ高がある”とか、“こういう台本があれば面白くなる”といった経験値を使いたい衝動がめちゃくちゃあるんですけど、それが許されず、アドリブが始まったらハラハラしながら見守ることしかできない。DMM TVさんにこれだけ予算をかけてもらって、番組として成立しなかったらどう謝ろうかとか、ひとりさんにも真木さんにも門脇麦さんにも申し訳が立たない…なんてことを考えていて、ここ最近で現場に行くのが一番憂鬱な気持ちになる仕事でした(笑)」
また、このフォーマットを導入することによって負担が大きく増えたのが、脚本の上田誠氏だ。
「上田さんには、最初に“しっかりドラマの脚本を書いてください。間をアドリブでやるんで”とオファーしたんですが、ひとりさんと話した結果、事前の脚本がほぼなくなってしまったわけです。そのことを上田さんに電話して、“ごめんなさい、撮影現場に来てもらって、その場で台本を書いてほしいんです。しかも1日で1話撮りきらなきゃいけないから、アドリブが終わって1時間ぐらいしか執筆の時間はないと思います”と伝えたら、3秒ぐらい沈黙があって、“分かりました”と言ってくれました(笑)」
番組内で「最悪ですね、これは(笑)」と苦笑いする姿も見られる上田氏だが、実際に現場に入ると、彼の“狂気”を感じたという。
「アドリブを見ながら細かくメモを取って、頭の中で構成して、次のドラマ部分の脚本を1時間もかからないうちに書いて“橋本さん、これです”と台本をくれるんです。セリフは気が利いてるし、構造も緻密なのに、とにかく書くのが速い。これが悩むタイプの脚本家だったら、大変なことになっていたと思います」
以前、上田氏にインタビューした際、“与えられた条件の中で整合性を合わせて、苦しい状況の中で解を出す”という作業に燃えると話していたが、今回の現場はその最たるものだっただろう。