夏目さんを追った放送は、2003年にパン屋の奮闘をニュースの特集で取り上げたのを皮切りに、翌04年に『あきないの人々~夏・花園商店街~』というドキュメンタリー番組を制作。その後、カフェなど新しい業種に挑戦するタイミングや、チョコレートとの出会いを経て、店舗の拡大、新しい工場の完成といったトピックがあるごとに、ニュースの中で紹介し、テレビ版『チョコレートな人々』(21年3月27日放送)まで、その放送数は十数回にも及ぶ。
パン屋をやっていた当時の夏目さんについて、阿武野プロデューサーは「あまり興味がわかなくて、彼のことを深く知りたいとは思わなかったんです。僕がディレクターだったら、1回の放送で関係は切れていたと思います」と打ち明けながら、「鈴木ディレクターは、現場で直接やり取りをしている中で、きっと熱いものを感じたのだと思いますが、そこから粘り強く取材し続けて、チョコレートに出会うところまで追うことができたんです」と、その能力を評価。
続けて、「十何年も同じ人を取材し続けるというのは、なかなかできないものです。カメラを持ってやって来られると、嫌がられることもありますが、鈴木ディレクターは付かず離れず、そしてカメラを持ってやってくることによって、夏目さんを励ましたり、横道に逸れそうになったらそのストッパーにもなって、すごくいい関係を続けていけたんだと思います」と感心する。
名古屋の東海テレビ本社から久遠チョコレート本店のある豊橋まで、車で片道1時間半はかかるが、夏目さんに動きがあるタイミングに加え、時間を見つけては顔を出して話を聞きに行くという形で取材を続けてきた鈴木監督。
夏目さんは映画の舞台挨拶で、「テレビマンって、この日にイベントがあってニュースにするためとか、自分たちの都合で撮りに来るけど、鈴木さんは何もない日に電話してきたり、カメラを持ってきたりしてくるんです。テレビマンらしくないテレビマンなんだけど、これが本当のテレビマンなんじゃないかなと思います」と、鈴木監督への信頼を表現した。
■ノーギャラで受けてくれた宮本信子
ナレーションは、テレビ版でも担当した女優の宮本信子。映画版では、新撮部分のコメントを足してもらうつもりだったが、全編にわたりノーギャラで録り直してくれたという。
「信子さんも本当に熱い人なんです。19年前の『あきないの人々』もやってもらったので、久しぶりに夏目さんの活動を見て『こんなふうになってるんだ!』と驚いていました」(阿武野プロデューサー)
また今作は、従来の聴覚障害者用の日本語字幕に加え、視覚障害者用の音声ガイドも制作した。これは、「UDCast」という無料アプリを立ち上げると、上映作品に同期して解説音声が流れるというもの。音楽や環境音の表現も含め、まる1日かけて視覚障害の人の監修を入れて作ることで、「映画を見た視覚障害の方が『チョコレートおいしそうだったね』とか『夏目さんすごく怒ってたね』とか、頭の中で想像して楽しんでもらえるんです」(鈴木監督)と、誰もが一緒に作品を鑑賞できるツールだ。
その分、制作費はかさむものの、「この作品は誰も排除しない映画になってほしいという願いもあったので、今回初めてトライしました。これを付けることによってお金になるわけではないのですが、そういう話ではないですから」(阿武野プロデューサー)と、導入を判断した。