開発者カンファレンスの基調講演が重要なのは、その会社の大きな変化がよく現れるからだ。
例えば、Microsoft。多くの人が同社に対して今も「Windowsを作っている会社」というイメージを抱いている。しかし、同社が「クラウド優先、モバイル優先」を打ち出してから開発者カンファレンスにおいてWindowsの存在感が薄れ始め、ここ2年はBuildでWindowsのメジャーアップデートに触れていない。そして今、クラウドとサービスがWindowsに代わるMicrosoftの成長ドライバーになっている。
Googleにしても、検索と広告の企業であることは過去10年変わっていない。しかし、Google I/Oの内容を通して見るGoogleは大きな変貌を遂げてきた。10年前の基調講演はHTML5一色だった。それからモバイル優先の時代にAndroidのメジャーアップデートをGoogle I/Oで大々的に発表するようになった。ここ数年はAI/機械学習を前面に、Androidについては春の始めに発表を済ませた新版を改めて紹介する程度にとどめている。一カ所にとどまらず大胆に新天地を切り拓いていくことで、Googleは同じ検索と広告の企業でありながら成長を継続させてきた。
Appleの開発者カンファレンスはというと、Mac OSが主役だった時代からデジタルハブ構想を経て、OS XとiOSを両輪とする時代へと変化してきた。ここ数年はWWDCでiOS、macOS、watchOS、tvOSのメジャーアップデートを発表しているが、売り上げの6割前後を占めるiPhoneのiOSが主役であり続けてきた。
そんなWWDCに今年は大きな変化の兆しが見えた。Ben Thompson氏の言葉を借りると「初のポストiPhone時代のキーノート」である。
この秋に登場するiOS 13では、サポートデバイスからiPhone 5sとiPhone 6シリーズが外れる。iPhone 6シリーズはAppleの予測を上回るほどよく売れた。ところが、その反動で翌年のiPhone 6sシリーズは販売台数が落ち込んだ。そして、それからiPhoneの伸びが減速し、この1年は再び減少している。つまり、横ばい期の始まりとなったiPhone 6sからが対応機種になるiOS 13で、最新のiOSをインストールできるiPhoneの台数はピークに達し、来年からは増加しなくなる。
iPhoneの販売台数の伸びが減速し始めてから、Appleはプラットフォームとサービスに力を注ぎ始めた。広く普及したiPhone、豊かに繁茂しているiOSアプリのエコシステムを活かして、Apple WatchやAirPods、iPad、Apple TV、Macといった他のApple製品の利用を促し、またApple製品で楽しめるサービスを強化することで新たな成長軸を開拓する。サービスを強化する上で重要になるのが、実際に使用されているAppleデバイス数だ。iPhoneの販売台数が減速し始めてからもアクティブなAppleデバイス数は健全な増加を続けている。それを継続していくには、iPhoneだけではなく、Apple製品全体に愛着を持つ顧客を増やさなければならない。
Appleウォッチャーとして知られるJohn Gruber氏は、今年の基調講演の内容を「Appleが全てのプラットフォームを同じような規模で前進させる初めての年」としていた。今年AppleはiOSに偏ることなく、全てのOSをきっちりとアップデートする。そしてiPadOSとしてiOSからiPad向けのOSが独立する。そのiPadはMacとの連携を深め、MacはiPad向けのアプリを取り込んでモバイル時代のMacとして進化する。全てのApple製品がそれぞれの個性を伸ばしながら結びつき、サービスも媒介になって、Appleのプラットフォーム体験と呼べるような価値を生み出す。
それではいつも通り、ただし今回はポストiPhone時代のキーノートという視点から、2時間15分のキーノートを発表順にふり返る。今年は、tvOS、watchOS、iOS、iPadOS、Mac Pro/Pro Display XDRをはさんで、最後がmacOSという順番だった。そして最後にサプライズが用意されていた。