現在、量産型の炊飯器で最も高価な製品といえば、象印マホービンの「南部鉄器 極め羽釜 NW-AS10型」だ。「南部鉄器 極め羽釜」シリーズには、美味しい炊飯をするための多くの特徴がある。
そのなかでも一番大きな特徴は、経済産業大臣に指定された日本の伝統工芸である「南部鉄器」を、内釜に採用している点だろう。南部鉄器とは、溶かした鉄を「鋳型」に流し込んで成形する「鉄鋳物」のこと。岩手県南部鉄器協同組合連合会に認定された製品のみが、「南部鉄器」と呼ばれる。
極め羽釜シリーズの開発に関わった第一事業部サブマネージャーの野間雄太氏によると、南部鉄器の採用に本格的に動き出したのは2010年から。鉄素材とIHは熱効率が良いため、以前から「南部鉄器」に目をつけていたが、南部鉄器の使用は思った以上にハードルが高かったという。
最大の問題は工場の確保。炊飯器の内釜は家電の一部として使用するため、非常に高い精度を必要としている。このため、通常の鉄鋳物で発生する「表面の凹凸」さえ許されず、なんと「鋳造後に切削する」作業が必要となるのだ。しかし、南部鉄器を扱う工場で、この切削作業までできる工場が少ない。さらに、家電として流通させるための「量」と「均一性」を確保できる工場となると、ほとんど存在しないそうだ。
多くの工場が「無理」と判断するなか、手を挙げたのが、現在「南部鉄器 極め羽釜」の内釜づくりを一手に引き受ける「水沢鋳工所」だ。今回は、この水沢鋳工所にて取材。極め羽釜が「難しい」といわれた理由を、実際に内釜が作られる工場の様子を交えながら説明したい。
極め羽釜の素材のヒミツ
水沢鋳工所の代表取締役社長 及川勝比古氏によると、「最初、この話が来たときは『これはかなり難しい』と感じたものの、わが社の技術力なら何とかなるのではないか、という自信もあった」とコメントする。最大の問題点は、素材に一般的な「FC(片状黒鉛鋳鉄)」ではなく「FCD(ダクタイル鋳鉄)」を使用している点だ。
FCDとは、解けた鉄にマグネシウムなどを添加した素材のこと。一般的なFC素材より、強度と粘りを持つ鉄になるのがメリット。ただし、このFCDはコストが高い上に、精度を要求すると非常に鋳造が難しい素材なのだ。