買収を巡る双方のメリット

孫氏は、買収発表から3カ月以内での買収完了を見込んでいるようだが、株主による承認さえとれれば買収は成功する可能性が高いと筆者はみている。逆にいえば、株主による承認が最大のハードルであり、だからこそアームに関する説明を非常に入念に行っているのだと考える。ソフトバンクはアーム買収にあたり、英国内にある同社の拠点の今後5年での人員倍増のほか、アドバイスなどの側面以外での経営への介入を直接行わないとの条件を示しており、前出の利害関係の問題を考えれば、おそらく各国の関係機関での買収承認を得るのは可能だろう。特にスプリント買収を経て、T-Mobile USA買収の失敗で辛酸を舐めた同氏は、特に入念にこのあたりの根回しを行っているとみられる。

買収される側のアームだが、現時点でこの買収にはメリットのほうが大きい。まず経営への直接介入を行わないと孫氏が表明していることで、現状のビジネスモデルはそのまま維持できる。一方で公開企業やベンチャーキャピタルのような投資会社が経営に直接口出しをしてこない点で、プロセッサの設計やライセンス事業に注力できるメリットがある。最近記憶に新しいのは、クアルコムの業績が落ち込んだタイミングで株主からIPライセンス事業と半導体事業を分離しろという再三にわたる圧力で経営が混乱したという前例だ。アームはそのエコシステムの広大さと比較して、他の半導体メーカーに比べれば売上は非常に小粒であり(年間売上は10分の1以下)、これを狙って何らかの市場介入を試みる投資家がいても不思議ではない。

ただ、これでは単にソフトバンクがアームに救済の手を差し伸べただけに過ぎないし、「孫正義氏は夢に投資している」と批判を受けても仕方のない話だ。残りの問題は、「アームがどの程度ソフトバンクからの独立性を維持するのか」という点に帰結する。スプリントのような同業他社の買収とは異なり、共同調達や事業連携のような関係がソフトバンクとアームの間には存在しない。将来的にはソフトバンクが要望を出してアームにプロセッサ設計を依頼するということも考えられるが、現時点ではまだ難しいところだろう。アームは基本的にすべてのマイクロプロセッサを供給する半導体メーカーと提携関係にあり、これを利用しての情報収集や、ソフトバンクがそれらメーカーとの何らかのコラボレーションを行うという予測もある。ただ、こうした動きも直近の話ではなく、今後5~10年以上先の話だ。