不足感が残る説明をどう見るか
それでも説明不足だというのは、筆者だけでなく多くの人の頭の中でくすぶっている問題だろう。孫氏はアームの100%子会社化にあたって全株式の買収と非上場化を実施する予定だが、将来的にアームがさらに有望な企業となったところで他社へと売却したり、あるいは再上場でキャピタルゲインを得るということも可能だろう。ただ、アームの過去の株価を見る限り買収金額は6割増し程度の水準であり、10年後などのタイミングで売却したとしても、せいぜい買収金額と同程度だと予想する。そのため、事業的に将来性が見込めない、あるいは本業や他の事業で問題が発生したと孫氏が判断しない限り、長期的に傘下企業としてアームを抱え込む算段なのではないかと筆者は考える。
逆転の発想で、「なぜソフトバンク以外の企業はアームを買収しなかったのか」という話がある。全世界で動作する95%以上のマイクロプロセッサはアームベースの製品であり、これだけ驚異的なシェアを持つアーキテクチャを開発する企業であれば「事業買収で業界を支配してやろう」と考える会社や人物がいてもおかしくはない。だが現実には買収されなかった。正確にいえば「できなかった」というのが正しいかもしれない。
アームのエコシステムは広大であり、半導体業界やデバイスメーカーでは利害関係が存在しないケースを探すほうが難しい。例えば、アームの顧客であるアップルやクアルコム、サムスンは競合他社との利害関係が発生してしまう。エコシステムにあたる影響から、おそらく近年急伸しつつあるファーウェイなど中国系メーカーが買収するのも難しいだろう。各国での買収承認が下りない可能性が高いからだ。
一方で、今回のソフトバンクのように微妙に事業領域が近いながらも直接的な関係がないというポジションで「3.3兆円もの大金をキャッシュで用意できる会社は存在しない」と考えられ、「仮に買収を考えてもソフトバンクくらいしか買収できなかった」というのが筆者の唱える結果論だ。「買収を考えても実行できるのはソフトバンクくらいしかいない、だったら買収してやろう」と孫氏が考えたかは不明だが、これだけコンピュータや通信業界の中核にいながらも手つかずだった企業を「チャンス」とばかりに買収した背景には、このような流れがあったとみている。