オリジナル品種にこだわった理由

生産者の工藤憲男氏(写真右)とその息子さん(写真左)。米の作り手にとっても、「青天の霹靂」は重要な品種だ

先ほども書いたとおり、青森県の米作りは低温との闘い。これを克服しつつも、ふっくらしていて適度な粘りを持ち、ツヤツヤとした光沢のある、おいしいお米を開発しなくてはならなかった。

青森県の担当者によれば、一般県民から「無理しないで、コシヒカリや北海道の特A取得品種を作付すればいいのでは」という声が寄せられることもあったとか(実際、コシヒカリで特Aを取得しているのは、2015年産で北は福島県から南は佐賀県まで19産地もある)。残念ながら、コシヒカリも北海道の品種も、青森県の気候では食味と収量の面からみて十分とはいえない生育状況になってしまう。「青森県に適した品種の開発が不可欠だった」と県の担当者は振り返る。

ひとつの品種を開発するには10年かかる、といわれている。「青天の霹靂」も例外ではなく、交配に使用した品種の親、そのまた親……と気が遠くなるような歳月をかけて改良に改良を重ね、誕生した。

生産者の工藤氏は「青天の霹靂」がデビューする前から栽培に携わっている。「青天の霹靂」の栽培は「(他品種と比べて)生産基準が厳しくて守るのが大変」というが、それでも「世に出すからにはおいしいものでないと、というプライドを持って米を作っている。だからむやみに作付面積を増やすのではなく、おいしく作れるだけの量を栽培していきたい」と話してくれた。「青天の霹靂」は特殊な青森の気候にピッタリな品種であり、かつ「青森でしか作れない」米だ。「初めて試食したとき、これはいけるなと直感した。津軽でしか作れない米としてブランディングに成功したら、高価格を維持できる」と期待を寄せている。

5月中旬~下旬にかけて田植え(写真左)が行われ、9月中旬頃から稲刈りシーズンを迎える。写真右は津軽平野に実った「青天の霹靂」。生産者の工藤氏によれば、「青天の霹靂」はムダな籾をあまり付けず、必要な分だけ均質に実るという