ところが、このとき、偶然にもひとつの解決策が提示されることになる。それが同社が独自に開発していた無線ディスプレイ技術であった。

富士通では、PCの開発部門において、社内外にある優れた要素技術を顕在化させることを目的に活動している組織がある。この組織が、社内組織である先進開発統括部で独自に開発していた無線ディスプレイ技術に着目。それを製品開発部門に提案したのだ。

「様々な無線ディスプレイ技術があるなかで、多くの技術で課題になっているのがタッチパネルを利用した際の遅延。その課題解決に向けて、先進開発統括部が独自に研究を進めていた技術が、遅延を感じさせない超高速接続の無線ディスプレイ技術だった。新たな家ナカPCを実現する上で重要な技術になると考えた」(河野氏)。

ディスプレイ部の内部構造

たとえば、インテルでは無線ディスプレイ技術としてWiDiを提案しているが、同技術の場合、OSが立ち上がってから機能するものであり、その点でも今回の製品づくりでは合致しなかったという。

そして、なんといっても開発部門が評価したのは、その速度だった。従来技術では、画面にタッチして、本体から画像を転送するのに0.25秒程度の遅延があったが、この技術では、専用LSIの採用などによって、0.07秒にまで短縮することに成功。「最初はここまでの速度は出ておらず、0.2秒程度かかっていた。それをチューニングで0.07秒にまで短縮した」という。

0.2~0.25秒かかると、タッチ操作後のレスポンスがワンテンポおいた感覚になるという。タッチ操作をしても、指のあとをアイコンが付いてくるというようなイメージになるからだ。これでは、自分の思った通りにデバイスが動かず、操作時にストレスを感じることになる。

「0.07秒の内訳は、画像転送速度が0.05秒、タッチが0.02秒。ディスプレイ部をタッチすると、本体側にデータが飛び、それがディスプレイ部に返って描画として表示する時間があわせて0.07秒となる。人が認識できるスピードは0.1秒と言われており、0.1秒を切ることでストレスを感じることなく操作できる」(富士通 ユビキタスビジネス戦略本部パーソナルプロダクト統括部第三プロダクト部マネージャー・細川佳宏氏)という仕組みだ。

富士通 ユビキタスビジネス戦略本部パーソナルプロダクト統括部第三プロダクト部マネージャー・細川佳宏氏

社員が住む実際の住宅で検証

この無線ディスプレイ技術の活用において、開発部門がこだわったのは、家庭内のどこにいても、無線がしっかりと届き、ストレスなく利用できる環境が維持できるかどうかという点だった。

開発部門だけでなく、品質保証部門も巻き込んで、各部門の社員が自宅に試作機を持ち帰り、家のなかで無線ディスプレイ技術がどこまで有効に利用できるかをそれぞれ検証した。鉄筋や木造、マンションや一戸建てなど状況は様々。それぞれの環境において検証を繰り返していった。

「通信距離は30メートルを想定した。だが、これはあくまでも平地での利用。マンションであれば大丈夫だが、2階建てや3階建てでは使いにくいという結果もあった。しかし、今回のチューニングでは距離を優先した。画質が悪くなっても、完全に切れてしまうのではなく、画質が悪くてもつながっている状況を維持した」(細川氏)という。

こうしたチューニングを行う一方で、アンテナのレイアウトにもこだわった。ディスプレイ部を手に持った際に、手にかかる部分はアンテナの配置を避けるといった工夫も施した。

実は、ディスプレイ部を開けてみると、アンテナを配置することを目的として、内部構造を加工した跡が残っている。これは、最後の最後まで、どの位置に配置するのが最適なのかを検証し続けた、努力と苦労の跡だともいえる。

製品ではディスプレイの左側面にアンテナが配置されている(写真左・中央部)が、アンテナ配置用のくぼみがディスプレイ右上にも備えられ(写真右・左上)、ギリギリまでアンテナ配置の調整を行っていたことがわかる

「無線ディスプレイ技術については、量産開始の直前までチューニングを行った。LIFEBOOK GH77/Tの発売は2015年1月23日。年末から量産を開始したのだが、ぎりぎりまで生産ラインの横で、ファームウェアに改良を加えていた。その点では、あらゆる部門に迷惑をかけた」と河野氏は苦笑する。

開発部門のメンバーは、量産開始を含めて3週間に渡り、生産拠点である島根富士通に張り付いたという。

余談だが、GHシリーズの生産工程においては、ディスプレイと本体をペアリングする工程がある。今回、LIFEBOOK GH77/Tの無線ディスプレイのために、1台1台が確実にペアリングできるような仕組みを生産ラインに新たに導入したという。これも、過去にはない取り組みのひとつだった。

開発部門と生産部門が開発初期段階から連携した日本におけるモノづくりが成しえたものだといえる。

本体につないでいてもワイヤレス

LIFEBOOK GH77/Tでは、ディスプレイ部を取り外して利用している時だけでなく、ディスプレイ部を本体にドッキングさせた場合にでも、無線ワイヤレス技術を使っている。物理的につながっているのだから、無線ディスプレイ技術を使う必要がないともいえるが、この方法を採用したのには、理由があった。

ディスプレイを本体に設置。しかし、この時も画面表示はワイヤレスで行われている

ディスプレイ接続部には有線端子もあり、ディスプレイをはめこむ形となるが、これは充電専用となる

ディスプレイが取り外せる家ナカPCは「シームレスに、違和感なく使用したかった」と語る河野氏

河野氏は次のように語る。「切り替え方式を採用すると、本体から外した際に画面が一度暗転してしまう。利用者に不安感を与えずに利用できるようにするには、本体接続時にも無線ディスプレイ接続にしておくことが最適だと判断した」。

しかし、この仕組みは、チューニング作業に影響を及ぼすことになった。

本体部につなげた場合の近距離と、30メートル離れた場所で利用する長距離通信のそれぞれに最適化したチューニングを行い、同じパフォーマンスを発揮するようにしなくてはならなかったからだ。一般的に近距離の方が無線の電波強度は高まると思われがちだが、実際にはアンテナの位置や組み合わせなどにより必ずしも距離に寄らないという。

今回は、チューニングによって近距離の際には最も電波強度が低くなるといった仕組みも採用している。