実は、あった。
ここに白が打ち、さらに二段にハネることで、再びコウに持ち込む手が残されていたのだ。逆にいえば、生きるにはこの一手しかない。果たして小沢氏はこの生存の方法を見つけることができるのだろうか。
しかし、残念ながら小沢氏は正解を導き出すことができなかった。ここを守りたくなる気持ちはわかるが、実はこれは心理的トラップ。グッと我慢して、下に打たなければならなかったのだ。
そして、こうした「正解のある場面」におけるコンピュータの強さは、人間をはるかに上回る。瞬時に数千、数万手先を読むZenは、小沢氏のミスを的確に突き、白の一団を殲滅。小沢氏の粘りもここまでだった。
そこから少し進んだこの場面で、小沢氏は投了(ギブアップすること)し、囲碁電王戦におけるZenの初勝利が確定した。
序盤こそZenのお株を奪う斬新な打ち回しで観客を驚かせた小沢氏だったが、たった一つのミスが響いて終始Zenにリードを許してしまった。終盤には「剛腕」らしい攻めが見える場面もあったが、最後の最後は「絶対に計算ミスをしないコンピュータ」と「見落としをする人間」の差が出た結果となった。
プロ棋士、アマチュア日本代表には歯が立たなかったZenだが、ラストで面目躍如の一勝を挙げ、開発者の加藤氏にもようやく笑顔が見られた。
チェスや将棋に比べると、まだまだ発展途上にある囲碁ソフトの強さ。解説の武宮正樹九段は「囲碁でコンピュータが人間を超えることはないでしょう」と述べていたが、ここ数年の囲碁ソフトの向上は目を見張るものがある。果たして10年後、20年後はどうなるか、それは誰にもわからない。"Xデイ"は、意外とすぐそこまで迫ってきているのかもしれない。