作家~端末メーカー、様々な立場から見た「電子書籍」

同シンポジウムでは、作家や出版社、書店、端末メーカーの代表者によるパネルセッションも行われた。参加したのは、ジャーナリスト・評論家・恵泉女学園大学教授の武田徹氏、米国ソニー・エレクトロニクス シニア・バイス・プレジデントの野口不二夫氏、アマゾン ジャパン バイスプレジデント・メディア事業部門長の渡部一文氏、日本電子書籍出版社協会代表理事・講談社副社長の野間省伸氏、作家・翻訳家・日本ペンクラブ常務理事の松本侑子氏の5人。それぞれの立場から電子書籍と本の未来を議論した。

ジャーナリスト・評論家・恵泉女学園大学教授の武田徹氏

「品切れ重版未定本などで実際には流通していない本も多く、実際は日本の書き手で印税収入がある人は少ないんです」と、作家たちの現状を赤裸々に語った武田氏。「印税や原稿料より資料代の方が大きくなってしまうことが多く、グーグルブックサーチが出た時、期待をした」(武田氏)という。「グーグルブックサーチが著者の創造行為を阻害するかと言うと、それは違うと思う。本が無料でいつ、どこでもアクセスできた方が、著者の生産環境は好転する」(武田氏)。また、「本には、データを"使用"したいだけのものと、"所有"したいものがある。グーグルブックサーチは"使用"を提供してくれる」(武田氏)と述べ、電子図書館的なサービスを歓迎する立場を示した。

端末を提供する立場である野口氏は、「なぜ人は本を読むのか」をテーマに、電子書籍に対する意見を述べた。「読書を通じて人は、知性や感性をはぐくむ。文化的に必要不可欠なこと」。米国では、読書には「リーンバック」と「リーンフォワード」と呼ばれるスタイルがあるという。「リーンバックは、くつろいだ状態で小説などをゆっくり"楽しむ"読書スタイル。リーンフォワードは、情報や知識を得るための"合理的な"読書スタイルのこと」(野口氏)。それぞれのスタイルに適した本の形があり、「リーンバックには紙が、リーンフォワードには電子書籍が好まれる」(野口氏)と分析した。それらを踏まえた上で、同社らが目指すのは「紙とデジタルの読書体験をつなぐこと」。「電子書籍端末のユーザーには、年配の方が結構多い。文字を大きくできるというのが、支持されている理由。また、読みたい本をすぐに購入できるのも利点だ。電子書籍によって、私たちは新たな読書体験を提供していきたい」と述べた。

米国ソニー・エレクトロニクス シニア・バイス・プレジデント野口不二夫氏

アマゾンジャパン バイスプレジデント・メディア事業部門長・渡部一文氏

渡部氏は、アマゾンにおけるデジタルコンテンツ・ビジネスに対する考え方を紹介した。「アマゾンで重要と考えているのは、品揃えと利便性、低価格。提供する商品は紙の本であっても、電子書籍であっても同じ」(渡部氏)。同社の電子端末「Kindle」については、「端末を売ることよりも、Kindle Storeから本を買ってもらうのが目的」とした。「Kindle Store」は、Kindle用のコンテンツ販売サイトだが、PCやiPhoneなどさまざまなデバイスから利用できる。「Kindleは、様々な端末の中の1つの選択肢。Kindleで市場を独占したいという考えはない」と強調した。

アマゾンのデジタルビジネスの全体像。出版社などからデジタルデータを受け取り、オンデマンドやコンテンツ配信など、ユーザーの求める形で商品を提供していくという

講談社の野間氏は、同社で今年の5月に京極夏彦氏の著書『死ねばいいのに』の紙版とiPad/ iPhone向け電子版を同時発売したことに触れ、「最近はあまり本の売れない時代だが、相乗効果で両方よく売れた」と、紙版と電子版が共存しうる可能性を示唆。また、同社の電子書籍事業の本格推進として、「年内に刊行物約2万点を電子書籍化する」ことを明かした。「電子書籍でも文化的価値のリーダー役を務めていきたい」。

日本電子書籍出版社協会代表理事・講談社副社長の野間省伸氏

作家・翻訳家・日本ペンクラブ常務理事の松本侑子氏

松本氏は、電子書籍が注目を浴びている中、改めて紙の本の魅力に言及。「紙の質やカバー、ジャケットで、作品世界を表現できる。美術品のように素晴らしい装丁のものもある。紙のにおいやページをめくる音、感触などが、人間の様々な感覚を刺激する」。その長所を挙げることで紙の本の存在感を示した。