有名な映画監督が舞台の演出に挑戦する時、著名なキャスト陣や、豪華な舞台セットが話題となる場合が多い。ところが、本広監督の『FABRICA』シリーズでは、キャストも一般的には無名の舞台俳優が多く、舞台セットも極めて簡素な物となっている。これは監督自身の意図したものなのだろうか?
本広 : 「凄いセットを作って、大きなホールで舞台をやるというのは、映像で既にやっていることなので、舞台ではあえてしませんでした。人間の気持ちの流れとか、ライブならではの、凄いパワーのある芝居とか、それらをひき出す演出の能力を自分が身に付けて、その結果を舞台で見せるのが大切だと思ったんです。だから、最初の舞台は、真っ暗な舞台に真っ黒な衣装を着た人たちが、ただ芝居してるっていうイメージでした。衣装もなくていいとさえ思ってたんです。会話と間とそういうものだけで、演劇が成立すると思っていました」
『FABRICA[12.0.1] BABY BLUE』
本広克行が演出する舞台プロジェクト『FABRICA』の第2弾。[12.0.1]とナンバーの付いた本作は、"中年男性の性"、"スローライフ・スローセックス"など様々な物語を盛り込み、笑いだけではなく、ちょっぴりビターな日常が描かれている。公演時には、風変わりなキャラクターやテンポの良いセリフの応酬に大爆笑するお客さんと、子作りで悩む女性のキャラクターに共感し、嗚咽を漏らす女性のお客様も現れるなど、年齢・性別を超え沢山の方が共感した物語。脚本は人気劇団東京タンバリンの高井浩子が担当。
(C)2008 ROBOT
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本広監督はこの言葉通り、シンプルな舞台を作り上げた。
本広 : 「さすがに今回の舞台は衣装はあるし、音楽もある。多少のセットもあります。でも、『なにもなくて椅子1脚でもいいや』と思ってたんです。でも、それじゃ伝わらないかと。いつか、最終的にはそこまで研ぎ澄ませていきたいですけど……」
本広監督がこう語るように『FABRICA』は、音響もかなり控えめで、大きなセットの転換もない極めてシンプルな舞台である。セリフや演技で観客に舞台を見せようという、本広監督の強い意志が感じられる作品だ。
本広 : 「そこから何かこう、新しい演出方法とか、色んな物が見えて来るんですよ。やってみてわかったんですけど、相当勉強になりました。役者が芝居を出来てるのを、わざとできないように悩ませて導いて、さらに高みを目指す。あと出来なくて悩んでるような役者には、道を作ってあげる」
舞台の演出に挑戦したことで、「とにかく演出の勉強になった」と本広監督は語る。本広監督の映像世界へのフィードバックもありそうだ。
本広 : 「僕の映像作品ってセットが巨大なので、あまり慣れてない役者さんとか、ビビって声が出なくなる人とか、セリフが飛んでしまう人とかいるんですよ。その人たちをケアする演出方法が、知らず知らすのうちに身についていました。舞台では映像とはまた違う、役者さんの乗せ方みたいな部分で、『自分が広がったかな』って気がします。凄い勉強になりますね。最初から舞台をやっておけば良かったですね(笑)。舞台ならではの、演技の呼吸というか、構えとかを知っていれば、映像でも、もっと役者の能力を引き出せるんです。舞台を経験したことで、これからの僕の映画やドラマの演出も変わってくると思います。役者さんを乗せる方法とか、そういう引き出しは増えた気がします」