意志に反して撮影・描画されないための「肖像権」
「表現の自由」は憲法に守られている権利ですが、この権利も必要最小限の制約を受けます。表現の自由の大切さに照らして、この自由を法律や条例で制限するときは、他者の権利を侵害する場合にのみ、"他者の権利を保護するために必要な限度で制約する"と考えられています。「肖像権」もこうした「他者の権利」のひとつです。
肖像権とは、"意志に反してその容ぼうなどを撮影・描画されない権利"のことです。また、"撮影・描画された肖像を、意志に反して公表されない権利"も肖像権のひとつです。肖像権は裁判で使われる法的な権利ですが、現在のところ法律に明文規定はありません。裁判の中で生み出されてきた権利であり、憲法13条「幸福追求権」の一内容である「人格権」の内容に含まれる、と考えられています。この権利が法的な「権利」として裁判上確立したことによって、民法上の損害賠償請求の根拠としても使える権利になりました。民法709条は、他者の権利を害したときにこれを「不法行為」と呼び、被害者が加害者に対し、損害分について金銭による賠償を請求できることを定めています。また、710条は、その損害が、物的なものでなく精神的なものだった場合にも同様の扱いをすることを定めています。
現在、肖像権は民事裁判の根拠にはなりますが、これを侵害したときにその者を処罰する刑事法上の犯罪規定はありません。ただ撮影に関わる行為がほかの刑法に当てはまることもたくさんあります。他人の家の敷地内や住居内に立ち入る行為を伴うときに事前に承諾をとっておかないと、建造物侵入などに問われる可能性があります。撮影行為が他人の私生活の平穏を害する「つきまとい」になってしまったときは、ストーカー規制法によって処罰の対象になる場合がありえます。人が通常、衣服をつけないでいる場所をのぞき見る行為は軽犯罪法で処罰されますので、これを承諾なしに撮影する行為(盗撮)も、処罰対処となります。また「児童ポルノ法」によって、18歳未満の被写体を性的に描写した撮影を行なうことや、これを公表したり売買したりすることは、肖像権以前の問題として(本人の承諾があったとしても)処罰の対象となります。肖像権の保護は、人の私生活上のプライバシーの保護の発想と結びつく一面があります。「プライバシー権」もまた、肖像権と同じように、裁判の中で憲法13条「幸福追求権」の一内容として確認されてきた権利です。
一方、芸能人や作家などの著名人の場合には、その肖像や名前が商品価値性を持ちます。つまり、肖像や名前が財産的性格を持つわけです。この場合には、他人がその価値を盗用することを拒否する「パブリシティ権」というものが発生します。これも今のところ法律の条文には規定のない新しい権利ですが、裁判の中で確立されてきています。たとえば、芸能人集団「おニャン子クラブ」の肖像を用いたカレンダーの販売差し止めを認めた裁判例があります(東京高裁平成3年9月26日判決)。
こうしたことをふまえ、肖像権の内容は、大きく分けて以下の3つが含まることになります。
- 自己の肖像の作成(写真撮影や描画)に関する権利
- 作成された肖像(写真や肖像画)の公表に関する権利
- 作成された肖像(写真や肖像画)の営利目的利用に関する権利
1から3のどれについても、「本人の意に反して」撮影、公表、流用、営利利用されない権利です。もしも、本人の承諾を取らず(意に反して)こうしたことが行なわれた場合には、本人が事後的に、これらの行為を止めさせることができます。このうち、1は、一般人のプライバシーと著名人のパブリシティの両方にまたがる内容です。意に反する撮影の対象となった人は、その時点でも、また事後にでも、この撮影行為を拒否することができます。2の「公表」とは、雑誌やブログなど、不特定多数の人が見る媒体への掲載のことです。3は著名人のパブリシティの権利のことです。
ここで理解しておきたいのは、「撮影」と「公表」とは別々の行為であり、肖像権は、そのそれぞれについて働く権利だということです。肖像権の中には、意に反して自己の肖像を撮影されない権利がありますから、写真を出版物に掲載するかどうかを問わず個人がスナップ写真を撮影する時点で、相手方の承諾を取らなかった場合には肖像権を侵害する可能性が出てきます。また、撮影時には本人の承諾をとって撮影した写真であっても、これをブログに掲載する(公表する)ときには、あらためて承諾が必要となる、ということです。