それでは、これからのヘルスツーリズムはいったいどうなっていくのだろうか。2005年11月、JTBグループ本社に設置されたヘルスツーリズム研究所の副所長 高橋伸佳さんは、ヘルスツーリムズは昔からある旅行の捉え方だと指摘する。

ヘルスツーリズムに関し、研究を重ねる高橋さん。企業向けに講演をすることもしばしばあるという

「一般の方にとって『ヘルスツーリズム』という言葉は、少々難しく聞こえるかもしれませんが、特に目新しいことを指しているわけではありません。例えば、普段はあまり意識しないのに、旅先での朝食がとてもおいしく感じた経験は、誰でもお持ちでしょう」。確かに、旅先という「非日常」では、健康についての意識が自然と高まり、自分の心身の状態に気づくきっかけが生まれる。日本の湯治・温泉文化を見ても明らかなように、昔から健康、美容や医療と旅行は切っても切れない関係だ。そもそも旅行とは「ヘルスツーリズム」であったと高橋さんは指摘する。

ヘルスツーリズム研究所ができる以前、高橋さんは旅の健康的効果を解明するために、さまざまな調査を行った。すると、ドーパミン(興奮度を示す脳内物質)やセロトニン(幸福感を示す脳内物質)は、旅行中、男性に比べ女性の方が多く、さらに旅行前後、その数値が高くなることが判明した。旅行そのものだけではなく、旅先のことをあれこれ想像したり、帰ってきてから旅のことを思い出す楽しさを、女性は男性よりも大いに満喫しているものと考えられている。

そのほか、内向的な人や旅行に出かけたことがない人ほど、快感を示すα波が出る。悩みの量は、旅行から帰ってきた5日後までは減っている。免疫力の高いNK細胞の量が、旅行中高まるものの、帰るとすぐもとに戻ってしまうなど、興味深いデータ結果が集まったという。

「ヘルスツーリズム」のこれから

高橋さんはその後も、さまざまな形で研究を行い「ヘルスツーリズム」の可能性を探ってきた。現在は、健康産業分野のビジネスとしての展開に取り組んでいて、企業や自治体などから大きな注目を集めている。産官学が一体となったプロジェクトも展開し始めた。

2007年9月にヘルスツーリズム研究所がまとめた「ヘルスツーリズムの現状と展望」によれば、旅行に健康要素を取り入れたい意向を持つ消費者は約8割、健康をテーマにした旅行に行きたいという消費者は約6割を占めた。

「これまでの旅行に何か『+α(プラスアルファ)』を求めるのは、もはや一般的な流れとなっています。健康や美容という要素は、その大きな割合を占めているわけです」。

ヘルスツーリズム研究所のサイトには、「ヘルスツーリズム推進地」というカテゴリがあり、各地のさまざまな「ヘルスツーリズム」のプランが紹介されている。その数は実に226市町村(2008年6月現在)にも及ぶ。「ヘルスツーリズム」は、今や単なる"旅行"という視点だけではなく、地方自治体、国、企業などを静かに動かし始めている。旅行、健康、地方再生……、さまざまな面で「ヘルスツーリズム」がキーワードとなる日は近いようだ。