そして、最後の第5章「パリから見た田園へのあこがれ」では、近代的な都会となったパリの都市文明に疎外された人々が、「麗しき田園」「自然と人間の調和」を求めることになる。バルビゾン派を代表するアンリ・ルソー(1844-1910)の「粉ひき小屋」(1896年)や、もともと庭師で田園に置かれた花束を好んで描いたアンドレ・ボーシャン(1873-1958)の作品は、そんなパリの人々の心情を代弁しているかのようだ。

パリの人々の田園への憧れを描いたギヨマン「パリ近郊の眺め」(左)とカルパンティエ「保養地にて、パリ近郊で散歩する家族」

アンリ・ルソー 《粉ひき小屋》 1896年 マイヨール美術館 (c)Musée Maillol, Paris

たっぷりとパリ郊外の田園風景を満喫した後で、会場の最後に飾られた1枚に、あなたは愕然とするかも知れない。フェリックス・ビュオー(1847-1888)の銅版画「パリの冬(パリの雪)」(1879)だ。雪が積もったモンマルトル界隈の街角が、なんとも寒々しく描かれている。余白の小画面には、雪の路上で凍死した馬、体を縮めて焚き火で暖を取る人々、凍てついたセーヌ河など、厳しい冬のパリ風景が追討ちをかける。辿ってきたパリの街や田園の美しい風景とはあまりの違いだ。

100年の時空をさまよったパリをめぐるツアーは、ここで再び現実のパリに引き戻される。余りにも恣意的なこの一枚の画に、あなたは何を感じ取るだろう。パリ栄光の100年の終焉、あるいは芸術都市パリに訪れた冬の時代……。1929年の世界恐慌の影響は、パリの美術市場にも及び、1930年以降低迷する。やがて極東では満州事変が勃発、ドイツにナチス政権が誕生するなど、世界は第二次大戦に向かってひた走り始める。

パリがもっとも美しく輝いた100年をふり返るとき、都市が芸術家を刺激し、芸術が市民を触発して、すぐれた芸術文化が育つ様が手の取るようにわかる。芸術は単独で生れてくるものではない。時代環境によって生み出されるものだ。その意味で、パリ栄光の100年とは、芸術にとってなんと幸福な時代だったことだろう。東京都美術館を後にして、上野の山から東京の街を見渡した。さて、トーキョーという現代の都市は、いかなる芸術を生み出せるのだろうか。

展覧会名 日仏交流150周年記念 芸術都市パリの100年展 ~ルノワール、セザンヌ、ユトリロの生きた街 1830-1930年
会期 2008年4月25日(金)~7月6日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室(東京・上野公園)
開室時間 9:00~17:00(入室は16:30まで)
休室日 月曜日(5月5日を除く)
主催 東京都美術館、TBS、毎日放送、テート・ブリテン、毎日新聞社
観覧料(当日) 一般=1,400円 学生=1,200円 高校生=650円 65歳以上=700円 中学生以下は無料