真っ二つに切断されホルマリン漬けになった牛の母子はアートか。美術界のみならず、社会的にも物議をかもすセンセーショナルな作品を数多く生み出してきたターナー賞が、六本木にやってきた。東京・六本木の森美術館で開催中の「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」だ。現代美術の世界でもっとも権威ある賞として知られる「ターナー賞」。その歴代すべての受賞者の作品を一堂に集める試みは、日本初のことだ。

「ターナー賞」は、1984年に英国の国立美術館である旧テート・ギャラリー(現テート・ブリテン)のパトロン団体が創設した英国現代美術の賞。50歳以下の英国人または英国内で活動するアーティストを対象に、毎年4人をノミネートし、テート・ブリテンでターナー賞展を開催する。その中から1名を選んで、12月に授賞式が行なわれる。その模様はテレビ中継され、翌日の朝刊を大きく賑わせるなど、英国の国民的行事となっている。

既存の表現メディアにこだわらない多様な芸術表現を取り上げるターナー賞は、その作品が時にスキャンダラスな話題を提供し、論争を巻き起こししてきた。先に言及した生きものをホルマリン漬けにするデミアン・ハーストの一連の作品や、一部屋丸ごと石膏で型取りしたレイチェル・ホワイト、あるいは部屋のライトを点滅させるだけのマーティン・クリードなどは、その顕著な例と言えるだろう。

しかし、ターナー賞がこうした作品に光を当てたことで、受賞者たちは世界から注目され、現代美術は人々の関心を集めるようになった。テート館長のニコラス・セロータ氏によれば、ターナー賞が始まった当時年間100万人ほどだったテート・ギャラリー(当時)への入館者は、90年代には200万人と倍増、さらに現在では近現代美術専門の分館であるテート・モダンだけで年間500万人を超える入館者があるという。ターナー賞は、ロンドンを世界の現代美術の中心地に押し上げ、多くの人々が現代美術にふれるため美術館を訪れるという現象をもたらした。

森美術館は六本木ヒルズ森タワーの53階にある

テート館長ニコラス・セロータ氏。第1回以来審査員も務めるターナー賞育ての親だ