結構何も色付けのない"ストレートワイヤー"的な考えだ。それは、マイクではなくラインで拾うダイレクトボックス(直接ケーブルでコンソールに送り込むためのインタフェース)についても、徹底されていた。

「これはシンセベース用のディメーター(DEMETER)というダイレクトボックスで、チューブつまり真空管式なんですね。音が太くなり、電子楽器の立ち上がりの速さに対してチューブのレスポンスとリリースの感じが、目から鱗というぐらい上手くはまりましたね。フェンダーローズにはスタックというメーカーのハイファイ系オーディオ用トランスを使ったボックスがはまりました。型番はPSS1A ですね。ただこれも、ハイファイ系の細さがあるので、ギターなんかだと綺麗過ぎちゃってパワーが出てこないという感じにはなりますね。ダイレクトボックスも使うところによっては凄く効果が出ます。楽曲のバランスの中で魅力が打ち消し合っちゃうような時はダイレクトボックスを変えると、それが解決したりということがありますから。あと、明日の山内さんのベースにはアバロンというメーカーのものも使う予定です。ギターの今さんに関しては、音が完結して出てくるので、PAでやることは何もないです。僕はただ、フェーダーを上げるだけです(笑)」 

驚いたのは、ちょうどレコーディングスタジオのラインモニターのように、角松氏が自分で各楽器の音をイヤフォンで調整しながら聴くということ。全ての楽器の音が彼の耳に返ってくるようになっているわけだが、イヤフォンは片耳だけで、もう片方はフロアスピーカーの音を聴いてエア感を失わせないようにしている。両耳で聴く音の比重は、ラインとエアがちょうど五分五分になるようにしているということだ。

「僕がここに入った5年前には、すでにこのモニターシステムになっていました。角松さん曰く、『自分のことは自分でできるようにして、その分、他のミュージシャンに集中してやってもらいたい』という話を前に聞いたことがあります」

これらのマイク以外に、山寺さんならではの機材をいくつか紹介してもらった。

「それじゃ、定番じゃないものを……。このレキシコンのリバーブは、もう手に入らないです。224というシリーズの最も初期型で、日本でPAで使っているのは数人しかいない。今どきのリバーブに比べるとちょっと粗っぽいところもあるんですけど、結構深いというか、リバーブが上に乗っかるんじゃなくて、そのもの自体にまとまりついて、全体で音楽として機能して行くみたいな感じで、愛用してます。あんまり持ち歩くと壊れちゃうんで(笑)、東京とかだけ持って行く感じです(笑)。下にあるのはレコーディング用のユーレイ(UREI)。これはボーカルに使ってるんですけど、ツアーでも持ち歩いてます。あとビンテージものといえば、この2つが30年ものでしょうか。主にドラムに使ってますが、下はキーペックス、上はCX-1というものなんですけど、いわゆるノイズゲートコンプ。80年代のドラム音作りに割と皆多く使っていたものですね。ま、これ使えば80年代の音になるっていうんではなくて、やはり通すだけでも太くなるって言うんですか、何か音楽的な感じがするんですね」

おっしゃるように、昔の機械には、使われている部品などにも関係するが、そういうところが多分に残っている。そうした古い機械の良さやアナログ的な部分を、最新のデジタル機器に巧みに組み合わせて素晴らしい音色を引き出すのが、山寺氏流でもある。

「やはりデジタルになるとスピードが速くなって、その中でのミキシングの手法も違ってきています。音量調節というよりも、スピード調節という感覚が必要になってきます。最近はスピーカーも少ない量で凄いスピードで飛ばしていくものが増えています。どこでスピードを落としていくか、インプットなのか、アウトプットなのか、機材の選択、使い方もそのスピードの感覚が最も大切だと思います。デジタルコンソールで飽和しがちなミッド帯域のスピードの速いところとアナログアウトボードの活用。インプットの吟味、チューブ機材の利用など。もちろん音楽によってはいわゆる"ストレートワイヤー"ではなく、デフォルメされたPAも積極的にやりますが、角松さんの音楽はアレンジも素晴らしく完成されています。そして今回はこれだけの素晴らしいミュージシャン達です。白いキャンバスに適度なスピードで色々な新鮮なものを乗せていけば、僕は余計なことはせず軽く調味料を振るくらいで心地よいところにいけるかな、と思っています。」

あの素晴らしいライブサウンドは、こうした最新技術と古き良きアナログ機材、そして音楽を愛する心の絶妙なブレンドによって生まれて来るのかも知れない。

シンセサイザーのライン出力に使っている米国ディメーター社製ダイレクトボックス。真空管式なので電子楽器の音色を太くでき、かつデジタルを越えた絶妙な味付けができるという。海外著名アーティストにも人気だ

同じくダイレクトボックスだが、こちらは国産のスタックというメーカー製のPSS-1A。オーディオ用トランスを使っており、見た目よりも(?)ハイファイ調の繊細なサウンドを持つ。これも適材適所ということで使用

録音スタジオなどにも常備されている、ダイレクトボックスでは老舗の米国製カントリーマン。良い意味でクセがあり、使うところによって大きな効果を出せるそうだ。これら以外のメーカーのものも、使い分けている。上の二つはクラークテクニック社製

ギタリスト今剛氏のアンプとエフェクターシステムラック。米国メサ・ブギーのアンプヘッドやフェンダーのコンボアンプ、各種エフェクターがぎっしり詰まっている。故障時の予備として、全く同じものが2セット!

角松氏がバックミュージシャン達の楽器の音をモニターするため、ステージ上で自ら操作する小型ミキサー。本格的なライブから自宅録音などでも人気のある、米国MACKIE社のコンパクトかつ高性能なモデル

残響系では定番の米国レキシコン社製リバーブ。このモデルは224というシリーズの初期型で、現在は入手不可。日本でPAに使っているのは、山寺氏を含めて数人しかいないという。やはり音質面から愛用している

何か化けて出てきそうな名前だが、れっきとした米国ユーレイ社製のリミッターだ。どこの録音スタジオにも必ず1台は常備されているだろう、という定番機材だ。今回のコンサートやツアーで、ボーカル用に使われている

山寺史が愛するビンテージもの機材2台。上のボックスが米国アフェックス製CX-1(4ch分内蔵してある)、1980年代風の図太いドラム音を出せるという、伝説的なノイズゲート/コンプレッサーだ。下はヴァリーピープル製のノイズゲート「キーペックス」とコンプレッサーの「ゲインブレイン」

角松氏のアンプは、内外著名ミュージシャンにも愛用者の多い米国カスタムオーディオ製のアンプ+スピーカーボックス。比較的コンパクトなシステムながら、非常にクリアーなギターの音色を送り出していたのが印象的

山寺氏のノートパソコン画面に表示されているのは、広く使われているSmaartという音響測定用ソフト。これに頼るのではなく、あくまで自分の耳でセッティングした音の確認と補正に使う程度だという