わずかな隙間さえ見つけられないほど、あらゆる空間が無機質なコンクリートの壁に覆われている都市。その中で、窒息してしまいそうな精神と肉体……。「もういい加減にやめてくれ!」。そう叫びだしたくなるほどの精神と肉体の軋みを、映画監督・塚本晋也は常にフィルムに刻み込んできた。
ある朝突然、肉体が鉄の細胞に侵されていく男の「衝動」を描いた1989年製作『鉄男』で注目されて以来、『東京フィスト』(1995年)、『バレット・バレエ』(1999年)、『六月の蛇』(2003年)……と、数多くの問題作を量産し続けているが、そのいずれの作品にも、都市と肉体、そして精神の相克が描かれてきた。
それが、2004年公開の『ヴィタール』を観ると、長年したためていたテーマに、大いなる「軌道修正」が図られていることに気付く。記憶や深層心理をテーマに、今度は、コンクリートの壁を超えて、自然や宇宙といった題材を描こうと試みているのだ。
そして、今年1月の劇場公開前から話題になり、6月22日にDVDのリリースが予定されている『悪夢探偵』では、さらに、これを掘り下げている。塚本晋也が次のテーマに選んだのは、悪夢――夢だ。
「構想自体は20年近く前からあったんですが……。都市とか肉体とか、どうしてもやりたいテーマがいくつもありましたし、すぐに作ろうという気にはなかなかなれなかったんです。ただ、ひと通り作り終えた感もあったので、新しいシリーズ作品を撮るにあたっては、ずっとテーマにしていた都市と肉体を新シリーズの冒頭の作品で描くのを最後にして、夢とか深層心理的なものを新しいテーマに据えたかった。その後、さらに宇宙といったテーマにも入っていけたらいいな……と漠然と考えています」
『悪夢探偵』は、主演に松田龍平を起用し、ほか、長編映画初出演となるhitomiや実力派・安藤政信など豪華なキャストを揃えたこともあり、公開前からシリーズ化が決定されるほどの話題となった。
ネタバレしない程度にストーリーを紹介すると、ある晩、マンションの一室で身体を切り刻まれた少女の血塗れの遺体が発見される。傍らに転がっていた携帯電話を見ると、少女は絶命する直前に「0」と登録された人物と通話していたと見られる記録が……。当初「自殺」と思われた事件の真相を探ろうと、hitomi演じる担当刑事、霧島慶子は捜査に乗り出すが、時を同じくして、少女のケースと酷似した事件が再び起きる。2人目の「被害者」は中年男性。妻と二人ベッドで就寝中に、自らの首筋に何度も刃を突き立てて死んだという。目撃者の妻は霧島に「夢の中で誰かに追われているようだった……」と証言。そして、この男性の携帯にも、「0」と登録された人物との通話記録があったのだ。捜査は難航を極めたが、霧島はここである青年にコンタクトを取る。他人の夢の中に自在に入れるという松田龍平演じる影沼京一、悪夢探偵だ。影沼は霧島に、捜査に協力してもらえないかとしきりに打診されるが、それを頑なに拒み続ける。「自分には関わらないで欲しい」という後ろ向きな姿勢がコミカルにも映り、ニューヒーローとしては逆に新味を感じさせるキャラに仕立てられている。夢と現実の狭間で交錯する意識。事件は意外な方向に展開していく……と、ざっとこんなスケッチが描かれている。
「『悪夢探偵』の役は、松田龍平さん以外には考えられなかった。いい役者さんはたくさんいますが、本当に夢に入れそうな役者さんは、松田さん以外いないと思いましたね(笑)。hitomiさんについては、女性からも好かれるようなお姉さんっぽいところもあるし、反対に、少女っぽいところもある。しっかりとした佇まいの存在感がある女性でした」