アナリティクスを支える組織とガバナンス
本連載では、主に企業におけるIT部門の読者を念頭に、デジタルビジネスを加速するための全社・部門でのアナリティクスの検討・導入に役立つ視点を紹介してきました。
最終回となる今回は、アナリティクスの推進に必要となる方針やルール、体制などを定める「ガバナンス」を取り上げます。
アナリティクスにおけるガバナンス
本連載ではこれまで、セルフサービスBIやIoT、アーキテクチャなど、アナリティクス実現に必要となる技術要素やITの仕組みを中心に解説してきました。
一方、組織としてアナリティクスの取り組みを実行していくにあたっては、いかに優れたITの仕組みを構築・導入しても、組織としての活動を変革し、組織の人員が新しい仕組み・技術を積極的に活用していくように動機付けたり、あるいは壁にぶつかって取り組みが失速したりしないようにするための適切な方針・ルールや組織体制、活動の定義が必要です。
アナリティクスにおけるガバナンスは、以上のようなねらいで、大きく5つの視点から検討し、具体的な活動を施策に組み込んでいくことが有効であると考えています。
(1) 方針・戦略
組織全体としてアナリティクスの取り組みを推進するにあたり、組織の人員個々が同じ方向を向いて取り組むためには、トップが明文化された方針・戦略を示すことが重要です。
アナリティクスの取り組みでは、例えば、これまで部門内で囲い込んでいたデータの部門外への提供を求められたり、従来はレポーティングに手作業を通じて「意思入れ」をしていた管理指標がほぼリアルタイムに「生の」数値情報として上位から現場まで可視化されてしまったりするなど、組織全体のデータ活用を促進する目的であっても、個別部門にとっては面倒で調子の悪い対応も必要となります。
全体最適と部門個別の利害が衝突する場合など、優先度判断のために取り組みの目的や目標、時間軸を反映した中期ロードマップなどを組織全体として明文化した方針・戦略が重要です。
(2) 組織体制・役割分担
アナリティクスの取り組みは、各業務におけるデータ活用を検討・実行する業務部門、データ活用の専門スキルを提供する分析担当部門、データやITの基盤を提供・開発するIT部門、それらの部門を横断で取り組みを推進する旗振り役など、多岐にわたる部門が関わるものです。
これらの関係部門を適切に巻き込み、役割分担を定義して全社を挙げた取り組みとして推進する必要があります。
具体的な体制としては、既存の組織を前提として部門横断のタスクフォースを形成する方法や、専門組織を新設する方法など複数の方法が存在します。この点は、詳細を後述します。
(3) 人材育成・調達
アナリティクスの推進には、多様なスキルを持った人材が必要となります。統計・データマイニングの知識を核に高度なデータ分析を実践できるデータサイエンティストが注目を集めていますが、このような一部の専門家だけでなく、各業務の現場でデータ活用を推進するためには、一般の業務担当者がデータ分析の素養を持ちセルフサービスBIツールなどのスキルを持つことが必要です。
また、データ基盤を整備するため、ETLツールやデータベースなどのデータ収集・統合のスキルも必要です。特にHadoopをはじめとするオープンソースのビッグデータテクノロジは高度に進化しており、人材ニーズは高まっています。
必要な人材を確保しつつ、各現場での人員のスキルを幅広く底上げするために、人材定義(人材タイプおよびスキルレベル)と、それに関連付けたトレーニングメニューと育成計画が必要であると考えます。また、組織のプロパ人員の現状と目指したい役割を鑑みて、人材の外部調達方針も検討が望まれます。
(4) 技術
アナリティクスに必要となる技術要素はこれまでの連載各回で解説してきましたが、ガバナンスとして検討すべき要素として、技術の標準化方針があります。
アナリティクスに関連する技術は常に進化を続けており、多様なニーズに対応した新たなツールやサービスが次々と登場します。社内の仕組みを限られた予算で効率的に構築・維持するには採用技術はある程度絞り込み固定すべきですが、一方で最新の技術により革新的なサービス提供が可能となったり、あるいは業務・部門ごとに異なるニーズに対して、同カテゴリでもそれぞれのニーズに適した、強みの異なるツールが存在したりするなど、必ずしも技術の単一・固定が適当でないケースも発生します。
ガバナンスとしての技術標準は、これらの競合するニーズのバランスをとり、技術要素をカテゴリ分けして、IT部門が単一の標準を決める分野、複数の選択肢を提供する分野、および各業務・現場ニーズに応じて都度選定を許容する分野などを使い分けします。また、技術標準の更改・見直しのタイミングも定め、計画的に新技術の検証(PoC)を進めるなど、技術選択を場当たりとならないような取り組みを定義します。
この技術標準化の分類のフレームワークとして、筆者の所属するNTTデータではBig Data Reference Architectureを整備しています。
(5) データ
アナリティクスによりデータから価値を引き出すためには、データそのものが活用できる状態になっている必要があります。具体的には、全社で保持するデータから必要なものが優先度付けされて収集・蓄積され、値の正確さなど(データ品質)が維持・確保され、値の意味するところがデータベース化されて容易に検索等が可能であるか、といった視点です。
これらのデータに関するガバナンス全般は、第二回にもご紹介した、データマネジメント方法論であるDMBOK(Data Management Book of Knowledge)に体系立てて定義されています。アナリティクスにおけるデータのガバナンスも、このようなデータマネジメントの取り組みが前提であり、特にDMBOKにおける「データウェアハウスとビジネスインテリジェンス管理」「メタデータ管理」「データクオリティ管理」などの領域が、アナリティクスの成否にも直結していると言えます。
アナリティクス推進組織
前述のとおり、アナリティクスの取り組みを進めるための組織体制としては、既存の組織を前提に部門横断のタスクフォースを形成する方法もありますが、短期間で目に見える形で施策を立上げ社内認知を得るためには、専任の人材を配置したアナリティクス推進組織の設置が有効な手段です。ただし、その形態や担当すべきミッションは個々の企業の状況に応じて検討する必要があります。
このようなアナリティクス推進のための組織は、BICC(Buisness Intelligence Competency Center)やACE(Analytics Center of Excellence)と呼ばれることもあります。「BI」や「アナリティクス」のような横文字が並ぶことを嫌う場合は「情報活用推進」等の呼称もあります。
(1) 組織形態
推進組織は、大きく分類すると業務部門の一部に設置するケース、事業部門・IT部門横断のワーキンググループとして設定するケース、およびまったく独立した組織として新設するケースなどがあります。それぞれの特徴を下表に示します。
設置形態 | 利点 | 留意点 |
---|---|---|
事業部門内に設置 | 業務意思決定者に近く、ニーズを反映したデータ活用 | 全社視点・部門横断の活動・提言が困難 |
事業部門・IT部門横断のワーキンググループとして設置 | 業務個別ニーズと全社視点の双方をカバー可能 | 一貫性を持った統制が困難であり判断が遅くなりがち |
業務・IT部門から独立した全社組織として設置 | 全社視点での活動・提言や分析の再利用が可能 | 組織間の摩擦により活動停滞のリスクあり |
個々の企業において、既存の業務部門とIT部門との関係や、自社でのアナリティクスにおける「全社視点」の重要性などを考慮し、将来像にふさわしい設置形態を選択することが望まれます。
(2) 役割・担当範囲
推進組織がどの範囲の役割・担当範囲をカバーするかも、組織の現状と目指す方向を踏まえ判断すべき事項です。具体的な候補として以下のようなものがあります。
分析推進組織が担う役割(例)
項番 | 役割 | 説明 |
---|---|---|
1 | 分析に基づくアクション提言 | 独自の視点でデータ分析を行い、分析結果にもとづいて経営・現場に対しアクションを提言 |
2 | 定型分析レポートの提示 | 経営・現場の業績管理指標を定義し、定点観測しレポートを提示 |
3 | ユーザ分析請負・代行 | 業務部門の依頼に基づき高度・複雑なデータ分析を実施し分析結果を返却 |
4 | ユーザトレーニング・支援 | 業務部門のユーザが自ら分析を実施できるようツールや分析手法のトレーニングを行う |
5 | ツール提供・標準化 | 全社で活用する分析ツールを標準化し、マニュアル等を整備し業務部門で活用可能なよう整備 |
6 | 分析対象データ整備 | 分析対象となるデータの一元的な基盤を整備し、メタデータを集約・提供 |
これらのタスクのうち、どこまでをカバーする組織とするかを決定し、そのために必要な人材・スキルを推進組織に配置します。内部の人材ではスキルが不足する場合は、一時的または恒久的に外部リソースの調達も検討し、体制を整備した上で取り組みを推進します。
さいごに
「デジタルビジネスを加速するアナリティクス、技術動向と推進のポイント」と題し、全8回にわたってアナリティクスの検討・導入に関するトピックを紹介してきました。アナリティクスの領域は、テクノロジの進化が速く、検討すべき事項が拡大する一方、経営上の重要度を増しています。
本稿でご紹介した視点が、少しでも読者の方の社内での取り組みなどの検討のお役に立てていれば、筆者としても本望です。
<今後の連載予定>
著者紹介
新田 龍 (NITTA Ryo)
- 株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 コンサルティング&マーケティング事業部 デジタルコンサルティング統括部 部長
2000年にNTTデータに入社し、2007年には北米拠点に赴任し現地企業へのBI導入に従事。その後一貫して、グローバル企業のBI・データウェアハウス導入の構想策定・導入・定着化コンサルティングを担当。2016年より現職。