野原: 輝きを失いつつある建設産業ですが、再び魅力的な産業になるためには、どのような取り組みが必要でしょうか?

志手: まずは産業としてちゃんとすることですね。建設産業は中小零細企業が多いのです。つい最近まで、福利厚生も社会保険なども整備されていない会社がごまんとありました。親御さんからも就職活動の対象として見られるようになることが必要でしょう。

蟹澤: 以前、中小工務店の調査をしたら、半数くらいが就業規則も、労使協定にあたる三六協定もありませんでした。これではハローワークにも高校にも求人票を出せません。

かつては、「知り合いの息子さんを預かる」といった形の採用で人員を確保していた工務店が少なくありませんからね。公募して採用するという近代の労働制度に乗る必要があるでしょう。

野原: まずは、就職活動の土俵に乗らないと始まりませんね。

蟹澤: 古い頭の人たちの考え方を変えていく必要もあります。古い人たちの典型的な考え方は「建設業で働く人は稼ぎたくて来ている。だから休みたくないのだ」というものです。

しかし、今の若い人に、そんな人はほとんどいません。土日に出勤して稼ぐよりも、ちゃんと休みたいと思う人の方が圧倒的に多い。このような時代に即した働き方、処遇改善をしていくことも重要です。

そしてもう一つ、人間は最後はお金ではなくやりがいだという部分もある。マズローの人間の欲求5段階説でも、承認欲求よりも自己実現欲求の方が上ですからね。その産業の中で何を目標としていくのか。目標を立て、次々に達成していくことで自己実現欲求が満たされていきます。終身雇用の仕組みの中では、次は課長、次は部長と目標が立てやすいのですが、それは大企業の話です。中小企業が多い建設産業では目標が見えにくい。

野原: 確かに。それぞれが自分でキャリアプランを考えていく必要がありますし、それを実現するための仕組みが産業全体として必要ですね。

蟹澤: そこで、職人がいろいろな企業を渡り歩きながら、能力を磨いていくような仕組み、いわゆるジョブ型雇用に移行していくべきだと考えています。元来、日本の建設産業は優秀なので、竹中工務店でも、大成建設でも、鹿島建設でも、技術力はそれほど大きな差はないと言われています。本来、人が流動化しやすい産業ということです。職人や技術者が渡り歩くことは、それほど難しくないと思います。

実際、職人や技術者が渡り歩いたり、企業が受け入れたりするためには客観的な能力の評価基準みたいなものも必要になってくるでしょう。地方に行くと「ゼネコンである程度の経験を積んだら、次は役所に転職して発注側になる」といったルートができていますが、そうした職能によって将来のキャリアが見えるような仕組みを作っていくことが必要かなと考えています。

今の若い人を見ているとキャリアアップについて真剣に考えている人が増えてきたと感じます。例えば、入社した会社でAという技術を覚えたら、次はBという技術を覚えるために転職する。そして、Bという技術を身に付けたら再び転職するといったプランが典型です。

しかし、日本企業の教育制度は仕事をしながら、新しい仕事を覚えていくOJTが中心です。次のステップに上がるための知識をOJTだけで身に付けるのは難しい。

野原: ギルドやユニオンではありませんが、日本も明確な職能に特化した業界団体を作り、教育訓練制度などを通じて、その人の技能により支払われる金額が変わる仕組みを作る必要がありそうですね。

蟹澤: そうですね。そのために国にもいろいろ働きかけてはいるところです。

野原: 次は、建設の魅力、いわゆるクリエイティブな部分は、どのように見出していけばいいのかお聞かせください。

志手: 私は先ほど野原さんがおっしゃっていた「建設産業を“再び魅力的な産業に”」といった部分が少し気になっています。昔のような何もないところに新しいものを作っていく。このような時代には、よほどのことがない限り、戻ることはありません。だから、「新しい魅力をどう作っていくのか」という話になるのだと思います。

野原: なるほど。再びではなく、新たな魅力づくりこそが必要だと。

志手: ええ。ところが、バブルが崩壊してから30年、新しい魅力を作るどころか、技術開発が停滞していきました。建設投資が下がり、コストダウンの意識がどんどん強まり、新しいことに取り組む余裕がなくなったからです。コストカットのために現場監督の半分くらいは派遣社員に置き換えられ、施工図の作成も外注化。社員の賃金も削られていきました。

野原: 先ほど蟹澤先生がおっしゃったように、どのゼネコンも技術力向上が頭打ちになり、競争のポイントが技術ではなく価格に移ったことも理由なのでしょうね。

志手: 結果として、新しい技術開発はますます停滞する。コストカットがもう文化として染みついているように見えますね。本来、設計者もゼネコンも発注者もみなプロジェクトのメンバーであり、対等なはずです。コストカットで受注し、そのしわ寄せを下請けに寄せていくのは早急にやめるべきです。

蟹澤: 発注者のわがままに応じる過剰なサービスもやめた方がいい。それでもひと昔前は、基本的に同じ事業者に連続で依頼してきたので、今回は損するけれど継続的に発注してくれるから仕方ない、といった持ちつ持たれつの関係がありました。しかし最近は、安ければ他社のお得意さんにもどんどん乗り換えるようになり、産業全体が疲弊してきた。

野原: 本来は、同じところに頼む方が、これまでの経緯や会社のことも分かっているので、経済的にもベネフィット(利益)があるはずですが、発注者が知識を蓄えたり、施工方法が標準化したりする中で、そうした意識が薄れてしまった。

志手: コスト競争やサービス競争をすることが産業全体の疲弊を招く状態は、おかしい。ゼネコンは競争するためにたくさんの事業者から取った見積もりを積み上げ、細かい資料を作成する。そこに、どれだけの人件費が注ぎ込まれているのか。それで落札できなければ、全てが水の泡です。競争入札が本当に合理的なのか? 競争に人件費をかけるよりも他にお金をかけることがあるのではないでしょうか。

蟹澤: 設計と施工を切り離して入札することはコスト競争になりやすいこともありますが、分けることで、設計、つまり絵を描く人と作る人が切り離されてしまった。作らない設計って面白くないし、作る人は単純作業ばかりになって、やはり面白くない。

アメリカやイギリスでは、デザインから施工まで一括して受けるデザインビルドや共同作業で設計するPCSA(※1)などが増えてきました。それは、日本と同様の問題が起きてきたからではないでしょうか。

※1 PCSA:プレ・コンストラクション・サービス・アグリーメント。着工前の設計協力のための契約を指す。ゼネコンやサブコンなど施工に関わる企業が、早期に建設プロジェクトのデザイン、コスト、性能等の調整に関 与することが可能

野原: 日本でもデザインビルド方式のメリットが少しずつ認識されてきたと聞きますね。

蟹澤: そしてやはりDX(デジタルトランスフォーメーション)。デジタルの活用は、業務を効率化し、また仕事を面白くする大きな可能性を秘めているのではないでしょうか。