宇宙の魅力を伝える「アートの力」- 武満徹さんに学んだこと
矢野:今のところ宇宙に行ける人は非常に限られています。素晴らしい景色を見たとか、船外活動で得た感動とか、宇宙に行かなければ絶対に知りえない気持ちをどうやって、宇宙に行ってない人たちに伝えるか。宇宙飛行士になってみたい子どもたちには、伝えやすいかもしれませんが、宇宙に元々興味がない人たちにどうやって金井さんの感動を届けるか。
金井:難しいですよね。まず私は全員が宇宙に行く必要はないと思っています。その一方で、やはり百聞は一見に如かず、絶対に体験してみないとわからない、どんな写真やビデオを見せても伝えきれないものがあるのかなと。だから自分の仕事は、宇宙に行きたいと思った人が宇宙を体験できるような機会を提供すること。
具体的にはより安全で効率的な宇宙輸送システムを確立することや、テクノロジーを進めていくのが自分の最優先の仕事かなと思います。宇宙体験の共有については、新しい宇宙の伝え方があるのではないかとふわっと思っています。表現者が行ってその人の感性で様々な形で体験をシェアできれば素晴らしい。矢野さんのようなアーティストに宇宙を体験して頂いて、宇宙で得たインスピレーションを歌や曲にしてもらえれば可能性が広がるのではないか。我々、科学者や技術者が自分なりのへたっぴな写真や文章などで、精いっぱい見てきたことや考えを伝えようとはするけれど、なかなか洗練された形では…
矢野:もどかしいですか?
金井:つたない表現だったり、そもそも自分が宇宙で何を得たかもわかったつもりでわかっていないかもしれない。限界がありますね。
矢野:やっぱり、アートでしょうね。アートの役目は人の気持ちを共有して人を鼓舞すること。うんと昔に武満徹さんという、現代音楽の作曲家でありスターがいらして。私は彼のファンでした。私のラジオ番組に来て下さいましたが当時の私は生意気で、「あの~、武満さんは音楽でどういうことをしたいと思っているんですか?」と聞いたんです。
武満さんは「僕はね、悲しみを表現したいと思っているんですよ」と仰いました。武満さんはその頃、40代だったと思います。人生が悲しみに満ちていることは、多くの人がある程度生きているとわかるわけですよね。それを現代音楽で表現したい。そして「悲しみから立ち上がるまでが音楽の役割だと思っています」と。
金井:悲しみから立ち上がるまで…。
矢野:私は若かったから、当時はその意味がよくわからなくて。でも自分が大人になって、「あぁ、本当にそうだな」と思いました。やはり人の心を励ますもの、明日もまた頑張ろうと思わせるものがアートの役割かなと。例えば夕焼けって、時々「わぁー」と言いたくなるほど美しくて、人を呼んで「ちょっと、ちょっと! 見て、見て!」と言いたくなるじゃないですか。一日の終わりに夕焼けを見たら「今日もよく頑張ったなぁ」「明日も頑張ろう」と思いますよね。あればアートですよ。だってあんな色、作れないよ…
金井:心が動かされますよね。
矢野:金井さんご自身の中にある、宇宙で一生忘れられないものをアートとして誰かが伝えるのもありかもしれない。また金井さんの講演を聞いた人の中には、「あ、そうか。地球を外から眺めると、地球にいたら味わえない景色があるんだ」ってことを認識する人もいますよね。それがなにがしかの形で、その人の人生に影響を与えることがきっとあるんじゃないですかね。
学校でものすごく嫌なことがあって、死ぬしかないと思ったときに、金井さんが撮ったISSから見た地球の写真を見て「地球ってでかいじゃん、ここでこんなに悩んでいる必要はないかな」って思ってくれたら素晴らしいですよね。きっとそういう人はいると思います。
金井:そうですね…。ISSを作るテクノロジーもアートなんじゃないかと思います。
矢野:そうですよね。エンジニアリングの結晶であり、これ自体アートだと思います。金井さんはお医者さんに戻ることはありますか?
金井:医者の世界よりは、宇宙開発の世界に魅了されてしまったので。
矢野:宇宙を身をもって体感するって面白いですよね
金井宇宙飛行士が目指す「月のお医者さん」
金井:結論は「たいしたことない」。なんの準備をしなくても宇宙で生活できたし、地上に帰ってきた後、「重力は最悪だ!」と思っていても地上の生活環境になれる。人間は母なる地球の重力環境で進化してきましたが、その中には無重力で生活できる機能をもっている。よくできたもんだなと思います。
矢野:根本から違うところに行っても脳はOKと認識できる。すごいね~。どこまで行けるのか、脳は。金井さんは月に行きたいですか?
金井:行きたいですね。これまでアメリカ人しか月に行ってないですし、人類はISSが飛行する高度約400kmの地球低軌道に20年近く生活し続けています。そこはもはや我々の生存圏になりました。地球の生物は次のステップを踏み出す必要があります。それは月です。新しい時代の変わり目に宇宙飛行士として仕事をしているありがたさを感じます。もしかしたら一歩を踏み出せる代表になれるかもしれない。
矢野:月のお医者さんですね!
金井:かっこい~