固唾を飲む観衆から「ありがとう」の声

鹿屋航空基地では朝から通常通りの訓練が行われていたため、各種のヘリコプターが離着陸を繰り返す音がずっと聞こえていた。零戦が飛行する14時が近付くと、全ての機体がエンジンを止め、鹿屋航空基地は静まり返った。

離陸前の最終チェックを行うホルム氏。

滑走路へと移動する零戦。基地の外から歓声が聞こえてくる。

ホルム氏が搭乗した零戦はエンジンを始動。自力で走行して滑走路へ向かった。移動中の零戦へ、基地に隣接する国道に陣取った航空ファン達から次々に、「ありがとう!」と歓声が上がる。感謝の相手は、石塚氏らプロジェクトメンバーだったのだろうか、あるいは戦後70年を経て鹿屋へ帰ってきた零戦そのものだったのだろうか。

軽快な零戦に、予想外の事態

ところが、14時12分に零戦が離陸すると、第3格納庫前の取材エリアに集まったメディアからは、一斉にため息が漏れた。なんと、駐機中の自衛隊機の陰から現れた零戦は、もう離陸していたのだから!

視界に飛び込んできた時点で既にこの高度!左の主脚を格納し始めている。

鹿屋航空基地の滑走路はほぼ東西方向になっており、格納庫の場所は滑走路西端の北側にあたる。零戦は滑走路東端から西へ加速し、メディアのカメラから見える位置に達する前に離陸してしまったのである。離陸滑走中の貴重な写真を撮影できたのは、滑走路を挟んだ南側でカメラを構えていた人だけというわけだ。

1回目の飛行は鹿屋航空基地の南側を数回旋回し、飛行場上空を低空飛行して見せたあと着陸した。少なくとも筆者の目には、まるで毎日飛んでいるかのように、とてもスムーズなフライトに見えた。離陸前と同じ駐機位置に戻ってきた零戦はエンジンを停止し、コックピットのホルム氏はヘッドセットを外して笑顔を見せた。機体に駆け寄った石塚氏とホルム氏がメディアのカメラに笑顔を向け握手を交わすと、見守っていた支援者たちから拍手が上がった。

30分ほどの点検の後、零戦は2回目の試験飛行へ向かった。離陸は1回目と全く変わるところはなく、またしても取材エリアのはるか手前で離陸し、南の空へと旋回して行った。1回目よりだいぶ遠くまで飛んだようで視界から消えてしまったが、「R-1830」エンジンの音は大きく、零戦が鹿児島湾方面を悠々と飛び回っていることを雄弁に伝えてきた。

ふたたび飛行場上空へ低く進入し、急上昇しながら左旋回して往年の軽快な機動性を見せつけた零戦は、滑走路に着陸して試験飛行を完了した。その後は機体の状態を点検し、問題がなければ翌日以降に鹿児島空港へ自力飛行で移動するとの説明だった。