D.E.Shawリサーチの分子動力学計算専用コンピュータ「ANTON 2」
D.E.Shaw氏は大手ヘッジファンドのD.E.Shawグループの創立者であり、かつ、コロンビア大学の計算バイオロジーの非常勤教授である。そして、D.E.Shawリサーチを設立し、ANTONという分子動力学計算専用のスパコンを開発し、タンパク質の折り畳みや薬剤との結合などの研究を行っている。
分子動力学計算では、原子のペアの間の結合の引き伸ばし、曲げ、ねじりと、結合以外の静電力、ファンデルワールス力を計算し、各原子にどれだけの力が掛かり、位置がどのように動くかをタイムステップごとに計算していく。しかし、タイムステップは1fs程度とする必要があり、その場合、1msの分子の動きを計算するには1兆回のタイムステップが必要である。そして、各タイムステップで数万から数100万個の原子についてペアごとに計算することになるので、全体では膨大な計算になる。
ANTONは、この膨大な計算を行う専用スパコンである。D.E.Shawリサーチが発表したロードマップでは、2009年にANTON 1を完成し、今回、2代目のANTON 2を完成し、ANTON 3の開発を開始したところである。なお、初代のANTON 1は2009年のGordon Bell特別賞を受賞している。
また、2009年のときは別の人が発表を行ったが、今回はD.E.Shaw氏自身が発表を行った。
分子動力学計算では、原子のペアの間の結合の引き伸ばし、曲げ、ねじりと、結合以外の静電力、ファンデルワールス力を各タイムステップで計算する |
ANTONのロードマップ。現在、ANTON 2が完成し、実用に入った時点。また、ANTON 3の開発を開始している |
今回のANTON 2はANTON 1と比べると、4.5~10倍高速であり、15倍の原子数まで扱えるようになった。また、プログラムのやり方の柔軟性も改善しているという。
右の図は、24K原子、92K原子、230K原子のタンパク質のシミュレーションの速度を比較したものである。単位は1日のANTONの稼働で、モデルの時間でどれだけ計算が進むかで表わしている。つまり、230K原子のKv1.2はANTON 1では1日の稼働で3.4μs分の計算しかできなかったが、ANTON 2では33.4μs分の計算ができるようになった。
ANTON 2はANTON 1の4.5~10倍高速で、15倍の数の原子を扱える。また、プログラムの柔軟性も改善 |
24K原子から230K原子の3種の分子でのANTON 1と2の性能比較。単位は1日の稼働でシミュレーションできる時間(μs) |
ANTON 2は計算ノードを3Dトーラスネットワークで接続した構造になっている。そして、各ノードはFlexという計算ユニット部が16個とTHISというユニットが2個あり、そこから3Dトーラスを構成するX、Y、Z方向のリンクが出ている。
Flexは4way SIMDの32bit固定小数点のプロセサで、分子動力学計算に最適化した命令を持っている。
そして、HTISは38段の直列に接続された演算器を持ち、38組の原子ペア間の相互作用を並列に計算し、さらにそれぞれの原子に働く力合計を求めて行く。
ANTON 2のアーキテクチャ。ノードが3Dトーラスネットワークで接続されており、各ノードはFlexとTHISという処理ユニットを内蔵している |
高スループットで相互作用を計算するHTISのブロックダイヤグラム。直列に接続された38個の演算ユニットで計算を行う |
白血病のSrcキナーゼと抗がん剤のダサチニブの結合をANTON 2でシミュレーションを行い、未知の結合サイトを発見したという。この結合サイトはおおよそ1μsに1回しか開かず、開いている時間が1ns程度しかないというもので、シミュレーションでなければ見つけることは難しい。
最後の写真のように、512ノードのANTON 2は4つのラックに収められている。