印刷メディアとオンスクリーンメディア
小泉は、敬愛する作家、レイ・ブラッドベリの名作SF『華氏451度』を例にとり、紙メディアの行く末を案じつつ、オンスクリーンメディアとの関係性を探ろうとしている。
Guest 02 小泉均
1958年東京都生まれ。タイポグラファー/デザイナー。元長岡造形大学教授。1990年から1993年までスイスのアルゲマイネ・ゲヴェルベシューレ・バーゼルでワインガルトに師事。著書の『タイポグラフィの読み方』は、現在、iPhone用アプリとして展開中。2010年10月にはエル・リシツキーの理論をiPadで実践できるiPadアプリ「EL」をリリース
htypo.net:http://www.htypo.net/
「『華氏451度』では、本を所持することが禁じられた社会が描かれます。だから、本を愛する人たちは、おのおのが本そのものになってしまう。つまり、本の内容を記憶し、口伝えで物語を語るようになっていく。ツイッターのような、声の文化と文字の文化の中間にあるようなメディアが注目を集めていますが、そうした状況を重ねあわせてみると、また別の見方ができるかもしれません」
とはいえ、小泉は現状を批判的に眺めているのではない。講演では、自著『タイポグラフィの読み方』を電子書籍化した際の苦労を、ユーモラスな口調で語った。
「もともとは『タイポグラフィの読み方』の新版を出すつもりだったのです。しかし、残念ながら、その企画は流れてしまった。それがきっかけで、iPhone用のアプリとしてリリースするのはどうかと思ったのです」
書籍版との違いを認識することから、アプリの開発はスタートした。書籍とiPhoneでは、メディアの特性もデバイスのありようも異なる。書籍における「右から左へページをめくる」という行為は、iPhoneにおいては「指先で画面にタッチし、上下にスクロースする」という動きに置き換えるのが自然。結果、アプリ版は、横組みのテキストが下方向に流れていくというスタイルを採用することにしてみた。
「*(アスタリスク)でマーキングされている単語をタップすれば、注釈や関連サイトに飛べるようにしています。書籍の場合は、テキストに併せて、参考図版も収めていましたが、リンクを張ることで、たとえば、直接、チヒョルトの研究サイトを参照することができる。これは電子版ならではの利点だと思います。その分、情報のグリッドをどう設計するかということには、大いに悩みましたが」
一方、版面の設計においては「本文書体の選択とサイズ指定」を行った。現在、iPhone上のテキストは、ピンチアウト/ピンチインで自由に文字の大きさを変える方式が主流となっているが、小泉はあえて書体の大きさを二段階に固定した。画面に対し、最適な文字の大きさを決定すること。それこそがデザイナーの仕事だと小泉は確信している。
「自分なりに、iPhoneというプラットフォーム上での読みやすさを考えた結果なのです。もちろん、賛否両論ありますよ。ツイッターでも批判されましたし(笑)」
Twitterではアプリに対して批判的な意見があったが、それらは開発の手助けになるとのこと。小泉氏もツイッターを開始。アカウントは@htyponet |
「Kumiko Saotome Photo Collection」は、小泉氏が一から制作した写真家・五月女久美子による写真集アプリ。91ヵ国でリリースされ約2,000ダウンロードを記録している |
こうした暗中模索の状況に身を置きながら、小泉の思考はブレることがない。印刷メディアとオンスクリーンメディアは対立するものではなく、むしろ、補完しあうものという認識がうかがえる。
「活版から写植へ、あるいは、写植からデジタルフォントに移行するときも、けっこう違和感があったんですね。けれども、技術的な変化には、そのつど対応してきたつもりです。今回は自分でプログラムを組んだわけですが、若い世代のデザイナーにとっては、プログラミングの知識を積極的にとりいれ、トライしてみることが大切なのかもしれません」