クローズドループ型MIMO

現在の無線通信方式では、クローズドループ型MIMOの重要性がより高まってきている。クローズドループ型MIMOを採用すれば、BTSの送信機はチャネル情報を活用し、シンプルな空間ダイバーシティやビームフォーミングを実現することができる。結果、システムの実効SN比が高まるだけでなく、受信側(Rx)のアーキテクチャを簡素化できる可能性もでてくる。

ここでは、送信側(Tx)と受信側(Rx)でそれぞれ2つのアンテナを使った場合を想定し、クローズドループ型MIMOの考え方について説明する。送信側(Tx)がチャネルHに関する情報をすべて有しているとすれば、最適な送信スキームは次の式で表現できる。

この式において、xは2×1の送信信号ベクトル、sは2×1の情報ベクトル、Wはウォーターフィリング(注水)行列になる。

上式ではα22=1の関係が成り立つ場合、Vは、Hの特異値分解(SVD)を実行する際の右側のユニタリ行列とする。

ユニタリ行列Vが存在するとき、チャネルHは2つの直交する経路に分割できる。ウォーターフィリング行列を使うことで、SN比が大きいデータ・ストリームにより多くの電力を割り当てられるため、チャネルのキャパシティを最大限に引き出すことができるようになる。ここで注目したいのは、α=1、β=0という条件の場合では、SN比が大きい経路にすべての電力を割り当てて、単一のデータ・ストリームだけで送信することになり、結果、この条件がSN比を最大に高めるソリューションということになる。

この手法の最大の問題は、送信側がどのようにチャネル情報を入手するかという点にある。現在、ほとんどの無線通信規格では、フィードバック・チャネルを割り当てることで、チャネル情報をBTSの送信機に送信している。このフィードバック・ソリューションは、周波数分割多重(FDD:Frequency Division Duplex)システムと、時分割多重(TDD:Time Division Duplex)システムの両方で使うことができる。

チャネル情報は冗長性が高くシステムのアップリンクに多大の負荷を掛けてしまうため、通常、チャネル情報はフィードバック・メッセージのサイズを減らすために量子化されている。この量子化された情報フィードバックを、「制限フィードバック」と言う。WiMAXやLTEなどの次世代高速無線通信規格では、システムがコードブックを用意しており、このコードブックには利用できるチャネルに対応したプリコーディング行列が記載されている。

携帯端末機側での推定チャネルにしたがって、対応するプリコーディング行列のインデックスが選択され、BTSに返信される。このとき、チャネル情報の量子化による誤差が必ず発生してしまう。この、量子化にともなうパフォーマンスの損失については、P.Xia氏とG.B.Giannakis氏の共著「Design and analysis of transmit-beamforming based on limited-rate feedback(速度制御フィードバックに基づく、送信ビームフォーミングの設計および分析)」[2]にその分析結果が記述されている。

フィードバック・ソリューションで考慮すべきもう1つの問題点は「遅延」である。低速フェージング・チャネルの場合、チャネルの状態は複数のフレームで一定に保たれている。しかしながら、高速の環境では、チャネルは高速フェージングとなり、この結果フィードバック遅延は大きくなる。この遅延がチャネルのコヒーレント時間に比べて長くなってしまうと、クローズドループ型MIMOにおいて、重大なパフォーマンスの損失が生じることになる。

チャネル情報を入手するもう1つの方法としては、アップリンク・サウンディングがある。この方法ではまず、端末がアップリンクを利用してサウンディング(音声)信号を送信する。すると、BTSがチャネルの相互依存の特性を利用し、ダウンリンクのチャネル情報を取得する。

アップリンク・サウンディングのメリットは、フィードバック・チャネルが不要となり、フィードバックを使うソリューションに比べて発生する遅延も少ないことだ。だが、デメリットもいくつかある。例えば、アップリンク・サウンディングはTDDシステムには適しているが、FDDシステムには適していない。FDDシステムでは、ダウンリンクとアップリンクで異なる周波数帯域を使うため、チャネルの特性が異なる可能性が高いためだ。特性の違いを補う対策法がいくつか存在しているが、いずれもパフォーマンスの損失は避けられない。いくつかのシステムでは、アップリンク・サウンディングに専用の特別なチャネルを割り当てている、これによりアップリンクの負荷も増大することになる。