2次元を3次元に落とし込むというコンセプトの「墨式塊技」。原型師のサイトウヒール氏は、この新たな挑戦をどのように捉えていたのだろうか。
――今回の企画では墨絵とのコラボレーションが実現されました。原型師として、どのようなアプローチをされましたか。
漫画やアニメと並んでフィギュアも世界に誇れる『日本の武器』の一つだと思うんです。そのフィギュアに水墨画のような墨の表現、タッチを取り入れる事が出来ればより独創的なモノが作れるのではないか、という想いが以前からありました。そこで、BANDAI SPIRITSの担当さんにも「そういったフィギュアを作ってみたい」とアプローチしていました。今回「墨式塊技」という新ブランドで御歌頭さんとのコラボレーションが実現したことを、大変光栄に思っています。
――墨絵を見たときの印象は?
ルフィをまとう炎のエフェクトなど、墨絵で表現するとこんな迫力があるのかと驚きました。御歌頭さんの墨絵のタッチと僕の造形には共通項があり、今回の原型は墨絵から大きな影響を受けたと思います。原型を作る際にはスカルピーという粘土を使っているのですが、手造形だとどうしても限界がある。そこで3Dスキャンなどを駆使しながらデジタルで造形をしていくのも面白いと思いました。
――原型を作っていく過程では、挑戦も多かったと思います。
墨絵の“かすれ”の表現は2次元特有なので、それを3次元に落とし込むにはどうするべきなのか。下手をすると、荒々しすぎる感じになるかもしれない。その落としどころを見極めるべく、エフェクトなどは制作中の原型に直接墨色で墨絵で色をのせてみてどう色が映るか試しながら作りました。今回は時間も限られていたので、自分の直感を頼りにしつつ作業をすることになりましたが、とても高い緊張感のなかでやれたのでモチベーションを保ったままいい作品を作れたと思います。
――今回の企画でこれまでと違うなと実感した部分は?
普段は商品の大きさなどに一定の条件があり、その範囲のなかで最大限のものを目指して作ることが多いのですが、今回はキャラの選択以外はほぼ任せてもらえました。なので、ポージングやエフェクトなど、自分のイメージがそのままフィギュアに落とし込めたのではないかと思っています。僕は『ワンピース』フィギュアを作ることに対して暑苦しいくらいの想いを持っているので、いつもはその気持ちが暴走しないように気をつけているんです。今回は、ギリギリのところまで攻められたのではと思っています。
――今回の原型で特にこだわったところは?
ポージングですね。キャラクターのイメージから外れることなく最大限のカッコよさを表現するには、どの瞬間を切り取るのが正解なのか。そこに関しては、納品直前でも「違うな」と思ったらやり直すくらい、『これだ!』と思えるまで本当にギリギリまで考えます。
今回、一番手間取ったのはゾロ。彼の戦闘スタイルとして、一刀流、二刀流、三刀流があります。やはり三刀流が派手でフィギュアとしての見栄えもよいのですが、今回はルフィ、エース、サボが「円、球体をイメージしたエフェクト」、サンジとゾロは「直線的なエフェクト」というオーダーがあり、一刀流でいくことにしました。以前にも一刀流で戦うゾロを作ったことがあったので、それとは違ったアプローチでどれだけカッコいい造形に出来るか最も試行錯誤を重ねましたね。
――そうすると、造形された5つのなかで一番のお気に入りを挙げるとすればゾロですか?
いや……そこはやはり全部(笑)。どれもこれもお気に入りですね。たとえば、以前とある大会でサンジの原型を作る機会がありまして。原型二人でガチンコ対決し、勝った方の作品が商品化されるというものでした。その際、僕のなかでは「これ以上はない」と思えるほどのサンジが作れたのですが、負けてしまい……。ありがたいことに、「あのサンジが欲しかった」と言ってくださるファンの方もたくさんいらっしゃいますし、なにより僕のなかでも思い入れの深いものでした。
今回の企画ではポーズも決められるしエフェクトもつけられる。そうとなると、あのときのサンジを超える作品を作らなければ、という想いは強かったです。そういう意味で、あのサンジに負けないものは作れたんじゃないかという自負はあります。
ルフィも、原作コミックで尾田栄一郎先生が大迫力のエフェクトの戦闘シーンを描かれていて、今回はそのシーンをボリュームたっぷりで表現してみたかったんです。ボリューム的にもコスト的にも厳しいだろうな……と思いながらも「こんなのが作りたいです」と作ったラフ造形をBANDAI SPIRITSさんに見せたところ、なんとOKをいただけて! 「え!? 本当にいいの?」と思いましたね(笑)。
――どの原型にも並々ならぬ想いがあるのですね。エースやサボについてはいかがでしょうか。
エースの原型を作る際、エフェクトのあり・なしは僕のなかでとても大きい要素で。(このボリュームの)エフェクトがない状態だとしたら、これだけのものは作れていなかったのではないかと思います。また、エースやルフィは顔の半分以上の大きさまで口を開けて叫んでいる描写があるんです。特に、エースはイケメン系のキャラクターなのに、そこまで大口を開けていてもカッコよくて。今回のフィギュアではそこを表現できるように頑張ってみました。
サボは今回初めて作らせていただいたのですが、一番ストレスがなく、スムーズに仕上がりました。原作には実際にあの姿勢をしているコマがあって、エフェクトも割とすんなりとイメージできたし造形も進められました。
――お手元には「ラストワン賞」があります。できあがったフィギュアをご覧になっていかがですか?
普段は彩色に関しては彩色師さんにお任せしているのですが、今回の「ラストワン賞」では僕自身で色をつけさせていただきました。通常のグレースケールのような彩色ではなく、墨式ならではのタッチ、アウトラインやエフェクトの表現をしたかったので、コスト的にもサイズ的にもどこまで再現してもらえるのか、再現できるのか実はものすごく不安だったんですが、実物を見ると「本当に1回680円のくじなのか!?」と疑うくらいハイクオリティに仕上がっています! これがみなさんの手元に届くことが本当に嬉しいです。実現してくれたBANDAI SPIRITSさんには本当に感謝の気持ちでいっぱいですね。
――クオリティに妥協しない、サイトウヒールさんの想いが伝わってきます。
先ほども話しましたが、『ワンピース』フィギュアについては過度なほどの熱い想いがあって。今回はタイトなスケジュールということもあり関係者の方々にはご迷惑をおかけしてしまうこともありましたが、最高のテンションのまま駆け抜けられました。
もちろん仕事として原型を作る以上、たくさんの制約はあります。そのなかで多くの方々の努力があって、今回の企画だからこそ実現できたフィギュアになったと思っています。通常だとなかなかこのサイズやボリューム、クオリティで作れないものですから、本当に嬉しい限りです。
――今回の「一番くじ」を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。
御歌頭さんとのコラボという新たな企画を立ち上げてくれた担当さんがいて、僕とこの企画の橋渡しをしてくれた人がいて。一つでも歯車が狂えば、フィギュアはすぐにダメになってしまう。そのなかでお客さんに「すごい!」と言ってもらえるフィギュアに仕上がるには、関わるすべての人が最大限の努力をしてくれているんだと改めて感じました。そのなかの一人として関われたことが、本当にありがたいです。ぜひフィギュアを手に取って、その熱量を感じていただけたら嬉しいです。反響が良ければ第二弾、第三弾へと続いていくそうです! このシリーズで作ってみたいキャラクター、シーンはたくさんありますので、皆さん、よろしくお願いいたします!