―― 作りの隅々まで気を配らないと、単なるファッションウオッチになってしまう、と。
藤原氏「はい。時計のパーツは作り込むほど試作回数も増えるし、コストがかかります。時字(ときじ)やバンド、コンビネーションのパーツや針などなど……。そこにきちんと投資できるのが、時計を本気でやっているメーカーなのです。カジュアルブランドでは厳しいでしょう。
前回、オシアナスブルーのお話をしたとき、金属着色皮膜に触れましたが、それも時計メーカーとしてのこだわりですね。その他にも、日本の技術でしかできないことを意識して取り入れています」
―― 日本の技術といえば、池井戸潤氏の原作で、テレビドラマにもなった『下町ロケット』ってあるじゃないですか。あのドラマを観ていると、時計の話に見えてくるんですよ(笑)。金属の研磨精度の話とか。
藤原氏「私もあのドラマは好きです。協業メーカーのひとつに下町の工場があるのですが、そこの専務が、まさに佃航平(ドラマの主人公)みたいな人なんですよ。物作りにかける情熱がすごい。専務自身、自分自身とドラマの佃航平が重なって見えるといっていましたから」
―― そんな工場が、実際にすごい技術を持っているのですか。ドラマみたいに?
藤原氏「そうなんです。例えば、下町にある工場ではないのですが、他の協業メーカーで、Manta『OCW-S3400』のケースの薄さを表現するために、ツノ足(ラグ)のザラツ面をかなり深く取っています。回転する錫(スズ)の円盤に、ツノ足部分を深く寝かし込んで押し付け、鏡面に仕上げるんですね。その上で、先をぐっとラウンドさせていくのです」
Mantaの最新モデル「OCW-S3400」。ケース厚は、わずか10.7mm。だが、視覚的にはさらに薄く見える |
―― 実に複雑な面をしていますね。それでいて、まったく歪みがない。
藤原氏「職人さんが治具を使って、一定の角度で研磨板を当てて行くんです。ただでさえ、チタンへのミラー加工はすごく難しい。金属加工に詳しい人に見せたところ、これだけ深くザラツ面を取るのは常識外れだといわれました。
しかし、これだけではザラツ面は出ません。この後、ほんの軽くバフ(空バフ)をかけるんです。この道何十年の経験がなければ、絶対にこんな面は出せないんです。これぞ匠の技ですね。
『ザラツ』とは、元々スイス語圏にあった工作機器メーカーに由来するといわれています。そのスイスでさえ、これに匹敵する研磨技術は失われてしまいました。現在はロボット研磨などを採り入れていますが、これほど複雑な形状の研磨はおそらく不可能でしょう。
限定モデルで使用することが多いブルーサファイア風防も、高度な技術です。有色のサファイアガラス風防は、スイスブランドも使いますが、着色のものも少なくありません。カシオで使用している再結晶ブルーサファイアはそのままでは色が濃すぎるので、京セラさんに透過性の高い結晶を作っていただきました(編注:再結晶ブルーサファイアは京セラの技術)。
多くの試作から色を吟味し、研磨したものを風防にしています。これは画期的でした。そして、再結晶ブルーサファイアを、単なる文字板装飾としてでなく風防に使用するところがOCEANUSらしい、先進的な使い方になったと思います」