アニメ化によって広がる『もしドラ』の輪

ピーター・ドラッカーの『マネジメント』は企業経営や組織論を説くビジネス書であるが、そのエッセンスをベースに、弱小野球部が甲子園出場を目指す小説という形で描き出された「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」。すでに200万部を超える発行部数を誇り、数多くの人に親しまれている本作がアニメ化されることによって、いわゆるアニメファン以外の人が視聴する可能性が高まる。岩崎氏は「それがアニメにとっても重要なこと」という。

岩崎夏海氏

岩崎夏海氏「アニメ好きの方と、そうじゃない方を比べると、当たり前なのですが、圧倒的にアニメファンじゃない方のほうが多い。そういう現状で、ビジネスや組織というものを考えていくと、アニメ会社も、アニメ制作者も、アニメファンに向けてばかりモノを作っていると、必ずシュリンクして、縮小化の憂き目にあうんですよ。ですから、常に自らの顧客じゃない人に向かって訴えていかないといけない。それを総称して、『顧客の創造』と言うのですが、そういう意味では、『もしドラ』のアニメ化は、アニメ業界にとって、ひとつのテーゼになるのではないかと思います。つまり、僕がこんなことを言うのは生意気かもしれませんが、正直、今のアニメはアニメファンに向けてのモノになってしまっている。だから、ますますアニメファンとアニメファンじゃない人の垣根が高くなり、アニメファンはアニメを観ない人に対して、『アニメすらわからない』とバカにしているし、アニメを観ない人はアニメを観る人を『アニメオタクだ』とバカにする。でも、そうじゃないんですよ。ファンとか、ファンじゃないとか、そういうことではなく、アニメには、アニメにしか表現しえないジャンルや表現がある。それはアニメファンじゃなくても多くの人が楽しめばいいんですよ。そこで『もしドラ』が、そのきっかけになってくれればいいかなと思います」

アニメと実写にはそれぞれに得意なところがあり、そしてそれぞれに限界があるという岩崎氏。『もしドラ』をアニメ化する意味合いのひとつには「野球のシーン」があると語る。

岩崎氏「たとえば、野球のシーンを実写でやると、これから映画もあるのであまり大きな声では言えないのですが(笑)、どうしてもリアリティが損なわれてしまう部分がある。皆さん、プロ野球や高校野球などで、実際に野球をやっている人の姿を観ているので、実写だと、野球をやったことのない人が野球をやっているというのがすぐにわかってしまう。だから、その部分で実写は非常に苦労する。なるべくリアリティを出そうと思っても、やはり限界があるわけですよ。『もしドラ』のみなみという女の子は、"野球が上手い"という設定なのですが、こんなに野球が上手い女の子なんて世の中にあまりいないし、ましてやAKB48にいたりしない(笑)。でもアニメだと普通に、そして簡単に表現できる。むしろリアリティを持って表現できるわけですよ。そういう点ではアニメのほうが実写よりも有利な部分がある。そして、甲子園なんていうものをロケ地として考えた場合、もちろん撮影はできるんですけど、やはり実写だといろいろと大変なところがあるのですが、アニメなら、普通はなかなか入れないようなところまでちゃんと絵にすることができる。リアリティのある作品ですらそうなのですから、たとえばSFとかになれば、なおさらアニメのほうが有利ですよ。SFなんて、オタクの人だけが楽しむものではなく、一般的にも楽しめる表現ジャンルですからね。そういう意味では、この『もしドラ』という作品がアニメになって、アニメファン以外の人にどういう形で訴えかけていくかというところを、ぜひアニメ業界の人にも見てほしいなと思います」

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