実際の野球経験が『もしドラ』に生きる
高校時代に野球部に所属していたという岩崎氏だが、『もしドラ』はその経験があったからこそ書けた部分が多かったという。
岩崎氏「たとえば、練習に必要な3つの要素とかいって、文乃が練習メニューを考えるときに分析しているところがあるのですが、実はこの部分は、ドラッカーに書かれていることではなく、僕が考えたところなんですよ。『競争』と『結果』と『責任』。この3つが試合にはあるけど練習にはないみたいなことを言っているのですが、こんなことはドラッカーには書かれていないですよ。野球のことなんか一言も触れていないですから。これは僕が考えて書いたんですけど、なぜか皆さん、ドラッカーの言葉だと勘違いしているみたいで(笑)。これなんかは、僕が野球をしていたからこそ書けたところだと思います。僕にとっても、ここまでうまく融合することは珍しくて、今後はもうないんじゃないかと思うぐらいマッチした作品なんですよ。そういう意味では、僕の長年の野球に対する思いも詰まった作品になっていますので、本当に野球が好きな人にも楽しんでもらえると思います」
実際、『もしドラ』において「野球」が占める比重は非常に大きいが、岩崎氏は決して野球そのものを表現しようとしたのではない。
岩崎氏「たしかに野球には詳しいですが、それを表現しようと思ったわけではありません。チームがダメになっていく様が、非常に顕著に、象徴的に現れるのが野球というスポーツで、実際、これも僕が体験したことなんですよ、こういうヤツらがチームをダメにしていく、あるいはダメなチームには必ずこういうヤツらが生まれてくる。監督の加地とか、二階正義とか、柏木次郎とか、浅野慶一郎とか、全員が全員、何らかのダメさ加減をもっているのですが、そのダメさ加減ばかりが出てくると、チームは最悪の状態になり、ニッチもサッチもいかなくなる。そういった状況を僕は実際に知っていたので、うまく表現できたのだと思います」
ドラッカーの『マネジメント』と高校の野球部を結びつけた発想。これこそが『もしドラ』がヒットした最大の要因とも言えるが、執筆を始める段階で、ここまで上手くいくとは岩崎氏も考えていなかったという。
岩崎氏「いざ物語を作ることになったときに、もう一回『マネジメント』を読み直したんですよ。ある程度の大まかなプロットは決まっていたのですが、もしかしたら上手く『マネジメント』が応用できず、ウルトラCじゃないですけど、無理矢理に当てはめなければいけないところもあるのではないかと。そういう覚悟をしつつ、あらためて主人公の気持ちになってじっくりと読み直してみたんですよ。それこそ朝から晩まで、ヒマさえあれば『マネジメント』を開いて、何か野球部が強くなるためのヒントがないかと探していたら、あれよあれよという間に、いろいろな要素がボロボロと出てくる。僕が一番ビックリしたのは、『専門家には通訳が必要である』みたいなところ。まさにそう。野球オタクっていますけど、野球オタクは全然野球には活かされないんですよ。でも、ここに通訳がいれば上手くいくのではないか。加地という監督は、そういうキャラクターとして設定していたのですが、これをマネージャーが通訳できれば、すごく強くなるなって思いました。そういった事例が、読み進めるごとにボロボロと出てくる。そこであらためて『マネジメント』の真の強さがわかった気がしました」
あらためて『マネジメント』を読み直すことで、『もしドラ』の結末までもが変化したと岩崎氏は語る。
岩崎氏「最初の企画段階では、決勝戦で負けるという設定だったんですよ。というのは、こんな言い方をするのも何ですが、『マネジメント』を読んだぐらいで、弱小野球部が一年で甲子園にいけるわけないと思ったんですよ、僕も。だから落としどころとしては、決勝で負けるぐらいがいいのではないかと思っていたんですけど、いざ真剣に読み始めて、いろいろな事例を当てはめ始めたら、逆にこれで甲子園に行けなかったらウソだろうと。これをすべて実現できたなら、甲子園に行けないほうが、逆にリアリティがないのではないかと。それで結局、結末も変わったんですよ。だから、そういう意味では、僕も勉強したんですよね、みなみと一緒に。この物語を作ることによって、『マネジメント』をさらに勉強する機会を得たのではないかと思っています」
TVアニメ「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」はキッズステーションにて、6月27日(月)~7月1日(金)の午後9時00分~午後9時52分、2話連続(全10話)で放送予定。
岩崎氏「張り巡らされた伏線も多いので、繰り返し観てほしいと思います」
NHK総合での放送を見逃した人はもちろん、一度観た人もあらためてチェックしてみてほしい。
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