注目を集めるテレビ番組のディレクター、プロデューサー、放送作家、脚本家たちを、プロフェッショナルとしての尊敬の念を込めて“テレビ屋”と呼び、作り手の素顔を通して、番組の面白さを探っていく連載インタビュー「テレビ屋の声」。今回の“テレビ屋”は、『上田と女が吠える夜』(毎週水曜21:00~)の演出を務める日本テレビの前川瞳美氏だ。
MC・上田晋也と歯に衣着せぬ女性陣が、モヤモヤする旬な話題や社会に対して一刀両断していくトークが共感を呼び、22年4月にレギュラー化すると瞬く間に人気番組に。「令和版 枕草子」という裏テーマのもと、独特の着眼点を見せる現代の清少納言たちに感服しながら収録に臨んでいる――。
美大の絵画学科からテレビ局へ
――当連載に前回登場した『テレビ千鳥』の山本雅一さんから、「知り合いから美大卒で次世代の最も勢いのある優秀な女性ディレクターがいると聞きました。面識はないですが、一方的に存じておりました」とご指名いただきました。
『テレビ千鳥』はよく見ています。スタッフも演者もやりたいことをやってる感じがすごくうらやましいです。山本さんの奥様(日本テレビ社員)から、「家で笑いながらオフライン(編集作業)してる」と聞いていて、そんなに楽しく仕事できるなんて、ディレクターとしてこんなに幸せなことはないよなあと。そういう意味でも、すごくいい番組だなと思いますね。
――美大の絵画学科にいらっしゃって、そこからなぜテレビ業界を志そうと思ったのですか?
美術作家になりたくて美大に行ったのですが、入って半年ぐらいで挫折しまして。自分はアート作品を作って生きていくということはできないだろうなと察してしまったんです。
――あと3年半もある中で…。
そうなんです。学費も高いですし。そこで、映像制作的なことをやっていて、今で言うYouTuberの走りみたいな。現代アートと称して自分でいろんなことにチャレンジするとか、自作自演のコントをやって、主に学校とかで発表したりして、終盤はYouTubeにもアップしていたんです。
それと、美術業界って結構狭い世界で、美術が好きな人の間でしか見てもらえないというジレンマもあり、もうちょっといろんな人に見てもらえるもの作りをしたいなって思ったときに、テレビ局がいいのかなと、短絡的な発想で。
――山本さんは「僕は加地(倫三)さん、前川さんは古立(善之)さんという師匠がいるなど、共通点も多いのではないかと思います」とおっしゃっていました。
ロケは基礎から全部、古立さんに教わりました。『(世界の果てまで)イッテQ!』では、「自分がやっても面白くなるネタなのかどうかを考えろ」と言われまして。要するに、「このタレントさんがやったら面白くなるだろう」という視点で企画を考えるのではなく、いいネタやいい企画というのは、自分や一般人がやっても面白くなる、ということ。それは、最初に配属になった『人生が変わる1分間の深イイ話』でトシさん(高橋利之氏)にも言われました。「これはアナウンサーがやっても面白くなる企画なのか?」を考えた方がいいと。
――『イッテQ!』では、自ら出役にもなりますよね。
『イッテQ!』は、「どんな手を使ってでもオチを作らないと」というプレッシャーが全ディレクターにあると思います。海外でゲテモノを食べたり、バンジーをやったり、それまでの過程が面白くても、最後にオチてないと丸ごとカットになることもある。だからカットになるくらいなら、自分が体を張ろうっていう気持ちになるんです(笑)
――古立さんの番組だと『月曜から夜ふかし』もご担当されていました。
印象に残ってるエピソードで言うと、西葛西(東京・江戸川区)にいるインドの方に「日本に来て感動したこと」や「すごいと思った日本の商品」を聞いてくる街録(街頭インタビュー)があったんですけど、あまり面白いインタビューが撮れなかったんです。そのとき、私も人間的に未熟だったんで、「そんな理想とするものは撮れませんよ!」って、古立さんに逆ギレみたいな感じで言ったら、「普通にやって撮れなかったら、例えば“日本で一番好きなカレー味のお菓子はなんですか?”とか、なんて答えても面白いと思えるような聞き方を考えろ」って怒られまして。古立さんは優しいので基本怒らないんですけど、その時は明確に怒られたので記憶に残ってます。
それ以来、「“これ以上は無理だ”と諦める前に、自分は手を変え品を変え、面白くなるように最大限努力したのか?」というのは、自分の心の中にお守りのように今もずっとありますね。
――『月曜から夜ふかし』は相当な人数にインタビューしてると聞きますが、むやみやたらに聞き回るのではなく、工夫も相まって面白い人と出会うんですね。
私は街録がそんなに上手くないんですけど、やっぱり上手いディレクターだと、「同じ相手に聞いてもこの人が聞いてるから面白い答えが返ってくる」ということがよくあるので、『夜ふかし』の街録は本当に職人技だと思いますね。
――山本さんからは失敗談も聞きたいということだったのですが、今の怒られた話はまさにですね(笑)
そうですね。あとはマネージャーさんとケンカしそうになったとか、不穏な話しかないんで(笑)
――結構武闘派なんですか?(笑)
いや、武闘派じゃないんですよ。全然気弱で言えないから、「女たちが悪口を言う」っていう番組が生まれたんでしょうね。心の中で言いたいことを溜めちゃうんで、腹が立ったことを全部メモるんです。
「女性ならではの番組」は避けていた
――そこから企画されたのが『上田と女が吠える夜』ということですが、どのような経緯で誕生したのですか?
単発の特番をやらせてもらえることになって、そのために考えた企画があったんですけど、それが「やっぱこの企画面白くないからダメだ」と言われて、急ごしらえで考えたのが『上田と女』の前身になる番組だったんです。
よく「女性らしい感性のもの作りを期待してます」とか言われることがあるじゃないですか。でも、自分的には「別に私は女性代表でもないし、そういうつもりでやってないしなあ」と思ってましたし、ゴリゴリのお笑いをやりたい気持ちがあったので、いわゆる女性をターゲットにした番組というのを避けて通っていたんです。「女性が集まってみんなで悪口を言う」っていう企画のアイデアは前からあったんですが、「女性ならではの番組だね」と言われそうな気がしてずっと出していませんでした。でもその窮地に陥ったんで、「これを出すしかない」と。
――この番組は「令和版 枕草子」という思いを込められていると聞きました。
清少納言はめちゃくちゃ鋭い観察眼を持っていて、それを的確に文章化することに長けた人なんですよね。美しい描写もあるけど、今読んでも共感できるような悪口もいろいろ書いてあって、それこそ「人の悪口ほど面白いものはない」みたいなことも書いてあるので、1,000年前から悪口はひとつの娯楽だったんだと思ったんです。