――今や海外でも広く見られている番組ですが、最初から海外展開というのは想定していたのですか?

海外進出とかを目論んで作るというのは一切なかったですね。アメリカのケースで言うと、あの国の番組ってこういうドキュメントでもコンテストでも、必ず勝った人と負けた人がいるというのがベースにないとダメだというんです。でも『SASUKE』って全員負けるということが多い番組だし、4時間の番組を放送するというのもあり得ないことなので、海外に売るには非常にマイナス要素が多いと言われていました。そんな中で、最初にアメリカのG4というケーブルネットワークが『Ninja Warrior』というタイトルにして1本30分の細切れにして放送したら爆発的なヒットになったんです。

――そこからどんどん広がって、これまでに165以上の国と地域で放送されています。現地版が制作されている国には、乾さんも行ってアドバイスされているんですよね。

アメリカの現地版はレギュラー放送なので、セットをツアートラックに載せて各都市を回るんですけど、ヨーロッパで制作するときは、欧州制作用の別セットを国境を越えて移動させ、各国で組み立てるんですね。一方、アジアの国では鉄骨からクッション材から全部自分の国で賄うので、TBSの美術さんと一緒にコンサル業務としてご協力しに行かせていただく感じです。一応日当は頂いてるんですけど、日本の『SASUKE』の緑山のアルバイトより安い金額でやってます(笑)

――それでも現地に行ってアドバイスされるのは、『SASUKE』を少しでも多くの国に広げたいという思いからですか?

広げたいという思いとはちょっと違うんです。例えば、ベトナムで『SASUKE』をやることになると、現地のプロデューサーとかディレクターが緑山の収録を見学するんですけど、現地の美術さんやカメラマンさんは編集された映像しか見ないわけですよね。その方たちがいざセットの建て込みを始めると、“テレビショーのセット”として見るので、細かい部分が分からないんですよ。そこで、僕らが「ここに出てる木材の角は丸くしなきゃいけない」とか「ここにクッション材が必要」とか「じゅうたんはホチキスで止めないで全部のり付けで」とか事細かに説明するんですけど、やっぱり最初は「テレビのセットだろ」と言って理解できないんです。そんな状況で軍の方とか体操の経験者がテストをやって転んだり落ちたりするのを見ると、どこが危ないのかが分かって、「そうか、イヌイが言ってたのはこれだったのか」って安全に対して理解が深まるんです。

そしていざ本番の収録が始まると、今まで日本版やアメリカ版で見てた『SASUKE』『Ninja Warrior』を、自分の国の人たちがやって、どんどん転げ落ちて失敗するのを目の当たりにして、みんなゲラゲラ笑うんです。その面白さが共有できたときの皆さんの顔が本当に素晴らしくて。日本で生まれたものが海外に行って、その国の方がものすごく楽しんでいるのを見られるって、こんなに楽しい仕事はないんですよ。

――プライスレスの喜びですね。ただ、新しく現地版を作り始める国がだんだん限られてきてしまうと、その感覚が味わえなくなって寂しいのでは?

アトラクションを新しくするというタイミングでもコンサルに行くんです。最初から今の日本と同じアトラクションを持っていくとレベルが高くて難しすぎるので、現地版がどんどん成長していくのにつれて、その国に合ったものを持っていきます。でも、現地の人はやっぱり最新のバージョンをやりたいんですよ。一昨年、モンゴルに行ったら「日本の逆流するプールのエリアをやりたい」ってチーフディレクターが言い出して、地面に穴掘ってプールを作ったんですけど、いざテストしたら、モンゴルの人って海がないし、川も激流だから、みんな泳げないんです(笑)。それでも「どうしてもやりたい」と言うんで、水流を弱くしてみたり。

――何で泳げないのにやりたがったんですかね(笑)

何か刺さったみたいなんですよね(笑)。あと、ベトナムに行ったときに、日本でトランポリンを跳んで掴まるというエリアがあるんですけど、それをやりたいんだと。ところが現地に行ったら、トイザらスで売ってるようなおもちゃのトランポリンしかなくて、実際に跳んでみたら網が床についちゃって(笑)。じゃあかさ上げすればいいんじゃないかとなって、木材で脚を足したら今度はその木が折れちゃって、結局日本のトランポリンを空輸して使ったというのもありました。

―― 一方で、海外版のアトラクションを日本に逆輸入するということもありますよね。

アメリカで作ったものを日本バージョンに改良させてもらって導入することが、ここ数年で増えてきましたね。アメリカの『Ninja Warrior』って国民性なんでしょうけど、飛び移るというのが好きなんですよ。だから日本版と違って最初のステージから空中戦がすごく多くて進化しているんです。日本では、重りの入った箱を押しながら進む「タックル」というエリアがあるんですけど、アメリカでは全く考えられないんです。あれは、その後に待ってる「そり立つ壁」に挑むのに、重いものを押して脚にどれくらいダメージが効いてるのかをイマジネーションするための7秒くらいの時間なんですけど、アメリカでは「7秒間何も起きないじゃないか」って耐えられない。とにかく、どんどん飛び移る、ぶら下がるというのがないと飽きちゃうんですよね。

――そこが進化してバリエーションがいっぱいあるんですね。

アメリカは番組オリジナルグッズが幅広い層に爆発的な人気があって、アパレルはもちろん、トレーニンググッズやゲームまで、200種類以上も関連商品があるんですよ。アメリカのマーケットはすごいなと思いますね。

  • 日本の「そり立つ壁」 (C)TBS

■視聴者参加番組が衰退する中での自負

――かたや日本は『パネルクイズ アタック25』(ABCテレビ)が長年の歴史に幕を下ろしたのを象徴に、視聴者参加番組が減ってきています。その中で『SASUKE』の存在はとても貴重だと思うのですが、その自負というはありますか?

僕は演出としてのスタートが『クイズ100人に聞きました』だったので、視聴者参加番組にこだわっていきたいというのはずっとあるんですよ。田舎育ちなので、長沼さんとV6さんみたいに芸能人と仲良くするのには苦手意識があって(笑)。有名な司会者とかタレントの方とご一緒しても、なかなか「こういうふうにやってほしい」というのが通りにくいんですけど、一般の人だったら僕がキャラクターを付けられるんですよ。その自由度にスケール感を入れて放送している番組が『SASUKE』なんです。視聴者参加番組って、企画のベースが優れていることが求められるので、そこで頑張っているという自負はありますね。

今、Snow Manの岩本照さんが『SASUKE』にご出演されているんですけど、彼が「ここではステージをクリアする人がカッコいいのであって、売れてるタレントやアイドルがクリアしてないのに『カッコいい』という番組ではないんです。クリアする電気屋さんのほうが僕よりカッコいいというのが『SASUKE』の魅力なんです」と名言をおっしゃって、「はぁ~なるほど」と思いました。そこには、職業も年齢も容姿も一切介在せず、とても平等な世界なんだと。A.B.C-Zの塚田僚一さんも「これは部活。山田さんたちOBが作ってくれて、僕たちみたいな後から来たやつは『先輩、よろしくお願いします!』という姿勢であって、『SASUKE』と戦うためにOBもひっくるめて全員で倒しに行くから、とても楽しいフラットな場所なんです」とおっしゃっていただいて。

出場者の皆さんがそういう意識になるなんて、僕は全然意図していたわけじゃなくて、皆さんがあの緑山で作っていったものなんです。よく「どういう演出をしているんですか?」と聞かれるんですけど、当然出場者はオーディションで選ばせてもらいますが、僕らはセットを用意しているだけで、収録が始まったら何もやることはないんですよ。「場所を用意したんで後は勝手にやってください」というのが唯一の演出方法で、その中で有名アイドルと一般の人が勝手にSNSで連絡先交換して練習仲間になっていくんです。そんな番組、他にないですよね(笑)

――マネージャーさんが止めることもないんですね。

一切ないんですよ。僕の意図してないことがいろんなところでどんどん起きているので、そこに制限をかけることなく、自由にやっているのを撮らせてもらってるだけなんです。本当に不思議な空間ですよね。

――『100人に聞きました』での経験がいろんなところで生きていますね。

そこで根本から鍛えられましたからね。自分が演出で入るとき、すでに十数年やってる長寿番組で、30分番組だし、若いディレクターとしてはとんがった面白バラエティをやりたかったのに、「何でこの番組なんだよ」ってちょっとバカにしてたんですよ。でも中に入ったらノウハウだらけで、関口宏さんにも相当いろいろ教えていただきました。例えば「登場が一番大事だから、司会者やゲストの登場に汗をかけ」と。その人に対して、思い入れを持ってくれるような演出をしないとダメだから、タイミングから照明からセットの配置から、とにかく計算しろと教えられましたね。だから『SASUKE』でも、登場のときのテンションは相当こだわっていて演出しているんです。

――『サンデーモーニング』を取材したとき、関口さんがいろいろアイデアを出されるという話を伺いました。

それがまた全てごもっともなんですよ。ディレクターやプロデューサーが気づかないところを、丁寧に教えてくださるんです。テレビは時代によってどんどん変わっていくので、その時代に合わせていかなきゃいかないんですけど、根本論は変わらないので、関口さんの教えを守って『SASUKE』でも相当その部分を出しています。

――今年の『SASUKE』の見どころは、いかがでしょうか?

去年、大阪のシステムエンジニアの森本裕介くんが完全制覇を成し遂げて、1つの締めくくりができたかなと思っています。そういう意味で、今年は『SASUKE』が生まれ変わる年なので、いろんなところが新しくなっています。また、コロナ禍で一般参加のオーディションができていないんですけど、タレントさんのオーディションだけはさせてもらったので、過去最高に100人の挑戦者が豪華布陣だと思います。めちゃくちゃ面白い収録だったので、5時間堪能していただけるかなと思います。

  • 『SASUKE2021』放送直後(12月28日22:57~)には、初のファン・ミーティングをTBSチケット、Paraviレンタルで配信イベントとして開催。番組レジェンドの山田勝己、長野誠、森本裕介、漆原裕治、川口朋広、日置将士、実況アナウンサー、そして総合演出の乾雅人氏が、VTRを見ながら緊迫の舞台裏を振り返る。

――収録が終わり、編集中のところ取材を受けていただいているわけですが、カメラの台数から収録素材はものすごい量になるのではないでしょうか。

カメラはGoProとかも入れると30台以上で、素材は8テラのハードディスク15台になります。それを全部パソコンにつないでオフライン(=仮編集)するので、全然動かなくなっちゃうときもあります(笑)。渋谷のウィークリーマンションに1カ月半くらいこもって編集するんですけど、これを5時間の番組にするのは、今までのノウハウと経験値があって何とかできているという感じなので、ある日突然「『SASUKE』やってくれ」と言われた人は結構厳しいと思いますよ。