注目を集めるテレビ番組のディレクター、プロデューサー、放送作家、脚本家たちを、プロフェッショナルとしての尊敬の念を込めて“テレビ屋”と呼び、作り手の素顔を通して、番組の面白さを探っていく連載インタビュー「テレビ屋の声」。今回の“テレビ屋”は、きょう28日(18:00~)に放送されるTBS系特番「『SASUKE2021』~NINJA WARRIOR~」総合演出の乾雅人氏だ。
放送でカットされる出場者にそれぞれの挑戦映像をプレゼントしていたなど、一般参加者に喜んでもらうための取り組みを一番に考えているという同氏。その背景には、テレビマンとして最初に演出を担当した『クイズ100人に聞きました』(TBS)での経験が生きているのだという――。
■「最高だね」って言ってもらえることが大事
――当連載に前回登場したディレクターの長沼昭悟さんが、乾さんについて「“テレビ屋の鑑”だと思うんですけど、『SASUKE』では出場者全員のVTRを作ってプレゼントしてあげるというのをやっていたんです。一般の方であっても、演者に対するリスペクトが素晴らしいです」とおっしゃっていました。
『SASUKE』ってたくさんの出場者がいらっしゃるので、編集でカットになっちゃう方が結構いるんですよ。そこで、「ファーストステージで脱落してしまった人を顔写真だけ並べて一覧で出すのはどうでしょう?」ってプロデューサーに提案したんですけど、カットになるのも了承済みで来てもらってるので、そこまでする必要はないだろうという判断になったんですね。でも、始まった当時はSNSもないので、放送でカットされたら家族や友達に「俺『SASUKE』出たんだぞ」って自慢しにくいじゃないですか。それが申し訳なくて。
私は関口宏さんが司会をやっていた『クイズ100人に聞きました』(TBS)で3年半くらい演出をやっていたんですけど、あの番組は出場者の方が家族でいらっしゃって、オーディションを毎週のようにやってたんですね。そこでプロデューサーの方に言われたのが、「オーディションに来た方もお客さんで番組を支えてくれているんだ」ということなんです。例えば、番組で不快な思いをすると徐々に広まっていって、それがボディーブローのように効いて視聴率が下がる原因にもなっていく。だから、オーディションや予選会から、皆さんを全力で楽しませる。番組に出ないところから「あの番組めちゃくちゃ楽しかったよ」「最高だね」って言ってもらえることが大事なんだというのを教えてもらって、刷り込まれていたんです。
それで『SASUKE』をやるときに、カットになった人全員に「ごめんなさい」って電話しても「俺カットなんだ…」ってなっちゃうので、カットになってしまった人たちの挑戦の部分を切り抜いて編集して、1人1人に放送当日に届くようにVHSテープで送ったんです。「これはディレクターとアシスタントディレクターが勝手にやってることなんで、番組にお礼の手紙などは書かなくても大丈夫です」と一筆添えて。お礼のハガキがTBSに届いちゃうと、「勝手に何やってるの?」って話になるので、こっちが自腹で宅急便で送るというのを始めたんですよ。
――だいたい何人分くらい作業されていたんですか?
四十数人くらいがカットになってしまうので、その分ですね。97年からその作業をこっそりやらせていただいて、2004年に番組を離れることになるんですけど、2012年にもう一度担当することになったときに、プロデューサーに「実はビデオをプレゼントするのをやってたんですけど、さすがに自腹もきついので、番組の予算でやってくれませんか?」と相談したら、「そんなことやってたんですか! じゃあ、番組予算でちゃんとやりましょう」ということで再びやらせてもらうことになって。今はParaviで全員分が配信されるようになったので、2年前までは放送当日にDVDが届くようにやってました。
――届いた人たちはうれしかったでしょうね!
テレビって、ちょっと乱暴なところもあるじゃないですか。「こっちは収録してやったんだ」「そっちが応募してきたんだからこっちの裁量でやります」って、テレビ側のロジックであって、出場していただいた方々というのは本当に楽しみに来てくれるわけですよ。
――テレビに出るって一大イベントですからね。
どこで落下しようと何しようと、「とにかく俺がSASUKEに出てきたんだ」ってみんなに言いたいし、その証が欲しいじゃないですか。出場してくれた皆さんにとっては一生残るものですからね。
■エンドロールに全員の名前を出すことの意味
――そういった一般の出場者への気配りに加え、長沼さんにもう1つ聞いたのは、乾さんの手がける番組はスタッフの名前が流れるエンドロールが全部ゆっくりであるということです。エンドロールが流れると視聴率が下がると言われる中で、最後まで見てもらえるように作ればいいんだという考えを持って、スタッフの皆さんへの気配りも素晴らしいとおっしゃっていました。
これも『100人に聞きました』に遡るんですけど、僕、26歳で演出になったんですね。あの当時、キー局のゴールデンタイムで局制作の番組で僕みたいな制作会社の人間が演出になるというのは稀なケースで、しかも歴史のある番組なので、「俺やったぞ!」ってちょっと調子に乗ってたんですよ(笑)。で、演出になって初めての収録が終わって、そのまま編集に入ったら、編集を手伝ってくれる大ベテランで女性のタイムキーパーさんが、「ここはいらないから切りましょう」「ここは間を詰めていいわよ」ってどんどんカットしていこうと提案してくるんです。僕が「この1~2秒は残していいです」って言うのに、「どんどん切りましょう」ってなっていって、最後のエンディングは演者さんたちが「また来週~」って手を振るところでエンドロールが流れるんですけど、ずいぶんスピードがゆっくりなんですよ。
それで「ちょっとエンディング長すぎませんか?」って言ったら、タイムキーパーさんが「あなたの名前が演出として初めて載るのよ。1秒でもゆっくりあなたの名前が見えたほうがいいじゃない」っておっしゃったんですよ。なるほど、そのためにどんどん切って時間を稼いでくれてたんだなと知ったんです。
――素敵な話!
その女性の他に、カメラマンさんや照明さん、放送作家さんたちも、僕が局の人間じゃないのに演出になったのを喜んでくれて、「何とかあいつが失敗しないように」という気持ちで、僕の知らないところでたくさんの方が助けてくれていたことを、後から知ったんです。そういうのを聞いて、「自分の実力で演出になったんだと思ってたけど、たくさんの人たちのおかげで、今このイスに座ってるんだな」というのを体感したのが、エンドロールをゆっくり流す理由なんです。
僕、TBSさんで『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』という番組を12年くらいさせていただいてるんですけど、これはスポーツ局の野球中継の担当がコアのスタッフになって作ってるんですね。野球中継って最後に「製作著作 TBS」って出るだけで、ディレクターもアシスタントディレクターも誰の名前も出ないじゃないですか。でも、このスタッフだって地元のお母さんが「うちの息子が野球中継やってるんだ」という証を一度も見られない中で、年に1回ドラフト会議の番組だけ、名前が出るタイミングがあるんです。だったら1秒でも長く名前を出して、「こんないい番組にうちの息子の名前が出た!」と思ってほしい。あの番組は生放送なので、エンディングが短くなっちゃう可能性があるんですけど、そのために1分半だけは絶対に確保する。タイムキーパーさんが「押してるからエンディング切ってもいい」と言っても絶対ダメだというのを伝えて番組を作ってきました。
――そうした愛がエンドロールに表れているんですね。
あと、2005年にTBSの50周年記念で『DOORS』という特番があったんです。幕張メッセにセットを作るのに、近くのホテルに美術さんの部屋を用意してたんですけど、スケジュールがタイトになってきて、会場の床で寝てるような美術さんが山のようにいたんですよ。1カ月くらい幕張メッセに泊まり込んで家に帰ってこない理由が、こんなすごい番組に一生懸命携わってるからだというのを知ってもらいたくて、全スタッフ300人くらいいたんですけど、エンドロールで全員の名前を出したんです。
プロデューサーの海本泰さん(現・TBSテレビ取締役)に「エンディングで全員の名前出したいです」って言ったら、「いいじゃないか。そこで視聴率が下がるような番組を僕たちは作るんですか? その余韻まで含めた素晴らしいものを作りましょう」とおっしゃっていただいて、「この人とは一生一緒にやれるな」と思いましたね。今は、エンドロールが流れると数字が下がるということで、文字が見えないスピードで流しちゃうという考え方もあると思うんですけど、最後の1秒まで面白くご覧いただける番組にさえすれば、そこを急ぐ必要はないというのを、信念として持っているんです。
――『DOORS』のエンドロールは、どのような画面構成にしたのですか?
MCの福澤朗さんとナインティナインさんがセットをバックにエンディングトークをしているのですが、その様子を左上に小さく入れて、スタッフ全員の名前を映画のエンドロールみたいに3列で流していったんです。(世帯視聴率)20%を超えるめちゃくちゃいい数字で、結果としてその時間も下がることはなかったですね。このように、何を大事にするかというのをちゃんと共有できるプロデューサーさんやディレクターさんと、たまたま運が良くてご一緒できたんだなと思います。