• 密漁キャビア飯(ブルガリア)=7月15日放送『ウルトラハイパーハードボイルドグルメリポート』より (C)テレビ東京

――そして今回、初のゴールデンの放送になりますが、決まったときの気持ちはいかがでしたか?

うれしかったですね。1年放送がなくて、もう生殺しだと思ってたんですけど、偉い人が突然「そういえばさー」って思い出したみたいで(笑)。21時の食事中にゴミだらけの中でわけわからないもの食ってる番組、誰が見るんだって思いますけど(笑)。でも、ゴールデンっぽく雰囲気を変えようとしたって無理なんです。この番組はできないじゃないですか、だからそのままぶつけるしかないっていう状況ではあるんですけど、何か視聴者を裏切りたいっていう思いは常にあります。逆にすごいかわいい映像にしてみたりとか(笑)

――想像がつきません(笑)。見どころはいかがですか?

僕はケニアに行ったんですけど、ナイロビ最大のゴミ集積場、いわゆる“ゴミ山”があって、そこで生活の糧を得ている人というのが3,000人規模でいるんですよ。周りを取り囲むようにスラムが形成されてるんですが、そこも含めた一帯の治安が悪い場所で。事前にリサーチしようにもできないので、なにも分からない状態でとにかく行ってみました。そのゴミ山の中で暮らしている人たちがいるらしいっていう話は聞いていたんですが、いざ行ってみるとその周辺のスラムに住んでいる人がほとんど。ゴミ山で暮らしている人には出会えなかった。けれど2日目にゴミ山の最深部に入ったとき、ゴミをかき分けて作った“洞窟”に住んでいる青年に出会いました。彼の生き方はとても厳しく、美しかった。

ほかにはボリビア、ブルガリアにそれぞれディレクターが行っています。第1弾は“人殺し”は完全な悪なのかを問いました。第2弾は“マイノリティ”であることすなわち悪みたいな構図にはなっていないかということがテーマとしてありました。今回取材した人たちになんとなく共通しているのは、みんながみんな“被害者”なんだということ。その“被害者意識”の扱いがそれぞれに全く違う。自分が被害を受けたんだということから攻撃に転じる人、受け入れてその先で幸せを手にしようとする人など、振る舞い方が全く違うんです。たぶん僕らもそうなんですけど、人間は何かあったときに自分がある種の被害者だという立場に居座ろうとするんですよ。それが一番居心地がいい。安心感がある。だから、僕ら日本人が見ても学ぶべきところがあるんじゃないかと思います。

――1年ぶりにこの番組の取材をして、あらためて気づいたことなどはありますか?

あんまり意識していなかったんですが、この番組って他のどれよりも本物のサバイバルだなってことに気づきました。テレビやネット配信でいろんなサバイバルものってありますけど、どこまでいっても全部疑似じゃないですか。でも、この人たちは本当に明日死ぬかもしれない状況をサバイブしてるんです。工夫の1つ1つが迫った死の危険から生まれたものなんだというたくましさ、強さ、美しさというのが、今回はすごく出ていると思います。また、変な飯も結構出てきます。「それ食うの!?」みたいな、すさまじいものを食べてきました(笑)

――そうなんですか! 今までも結構衛生状態が厳しい場所の飯を食べてるじゃないですか。素朴な疑問なのですが、ロケ中におなかを壊すことはないんですか?

これがないんですよねぇ。だいたいお決まりのパターンは、日本に帰った瞬間におなかを壊すんです(笑)

――緊張感で持ってるんですかね?(笑)

そうかもしれない(笑)、気が緩むんでしょうね。ずっと24時間1人でめちゃくちゃ気を張ってますから。

――ちなみに、上出さんが好きな飯はなんですか?

僕はカレーとラーメンしか食ってないんで、僕の体は基本的にこの2つでできています。

――この番組を始めて、食べ物で影響した面はありますか?

ん~「腹が満たせればいいや」みたいな気持ちにはなってきてるかもしれないですね。

――ゴールデンでも、スタジオは変わらずパイプ椅子でしょうか…(笑)

はい、パイプ椅子です。でも今回は、有吉(弘行)さんというスペシャルゲストが来ますので。お会いするたびに結構この番組の話を細かくしてくれて、ちゃんと見てくれているんだと思って「来てくれませんか?」って言ったら「行くよ」ということになって、小籔&有吉というあまり見ないコンビにスタジオで見てもらいます。もちろん打ち合わせするつもりはないですが(笑)

■規制を感じたことはない

――テレビは最近規制が厳しくなってきたということが言われる中で、こういう突き抜けた番組をやってる上出さんは、それを実際に感じることはありますか?

あんまり感じたことないんですよね。テレビ局に入ったのが2011年なので、規制が緩かった頃のテレビを知らないというのもありますが、じゃあネットと比べてどうなんだという話にもなりますよね。でも、ネットがやってることをやりたいということも全然ない。規制ってそもそも何のために生まれたのかって考えたら、例えば見ている人を悲しませないためとかいったことですよね。そうすると、その規制は生まれるべくして生まれているはずじゃないですか。だから、必要なものだと思います。

僕の番組は、規制ギリギリって見え方をしているかもしれないですけど、規制を感じたことはないんです。法律を破らないっていうのはもちろん当たり前のことだし、人を傷つけることをしないっていうのも当たり前のことだし、自分の中のモラルを守っていれば、絶対に規制には引っかからないと思うんです。テレビの進化の1つだと思えばいいんですよ。その中で面白いものを考えればいいし、ネットではその外側のことを工夫してやればいいと思うので、「規制のせいだー!!」なんて酒飲んでくだを巻くことはないですね(笑)

――ご自身が影響を受けた番組を1つ挙げるとすると何ですか?

ん~悩みますね。『NHKスペシャル』になっちゃうかもしれないですね。

――ドキュメンタリー志望だったんですか?

いや、お笑いなんですよ。人を笑わせるって素晴らしいなっていう思いがベースにあったのと、“バラエティ番組”っていう、括られていない概念が楽しそうだなって思って。バラエティという枠組みの中で『NHKスペシャル』みたいな意味のある、みんなに知らせるべきものを知らせるコンテンツを作れたらなって入社の時に思っていたので、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』は、それができた番組だったんですよ。誰もが見て興味深いと思える“見てくれ”を作るっていうのが、テレビ局の1つのスキルだと思うので。

――最初に「真っ黒な人間なんているのだろうか」を投げかけるという“大義”のお話を伺いましたが、そういった問題意識は、以前からずっと持っていたのでしょうか。

そうですね。そのルーツは、自分の学生時代の行いにあります。褒められないことをいろいろとしてきて、なんで自分はこんなことしているんだろうっていう疑問があった。変な話なんですけど、別にやりたくもないのにやらざるを得ないような状況があった。その疑問の答えを探して大学では少年犯罪とか非行の研究をするようになって、少年院やダルク(薬物依存症者の自助更生施設)とかにしょっちゅう行ってたんです。そうすると、誰だってこういう状況に陥る可能性が十分にあるんだと気づきました。

一方で、日本は厳罰化の空気感があって、みんなが突然聖人君子になって、何かあったら「こいつは悪いやつだ!」って糾弾する。深夜の横断歩道で信号無視してるくせに。僕、深夜で人っ子一人いなくても赤信号は渡らないんです。隣でキャリアウーマン風の人がスタスタ歩いて渡っていくのを見て「お前絶対人の不倫責めんなよ!」って思うんですよ(笑)。そして恐ろしいことに、テレビの世界に入って、その大嫌いな空気感を作ってるのはテレビだなと思ったんです。だから、「この人にとっての正解はこれなんだよ」「こういうこともあり得るんだよ」って、みんなの世界をちょっと広げて「寛容であろうよ」と伝えるのも、この番組の役割だと思うんです。ただ、とにかく寛容にということだけでは済まされないことがある。そういうジレンマみたいなものも含めて伝わればうれしいです。

――いろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に、気になっている“テレビ屋”をお伺いしたいのですが…

燃え殻さんです。テレビの黄金期に美術テロップを作っていた人で、Twitterでつぶやき始めたことがすごい大きくなって、いろんな人が目をつけて小説を書くに至った人なんですけど、気になるという意味では今一番気になります。燃え殻さんがしゃべることは際立つと思うし、美術制作をずっとしてきた人から見るテレビというのもすごく興味深いと思って。そこから次に渡されるバトンも面白そうですしね。

次回の“テレビ屋”は…

テレビ美術制作・小説家 燃え殻氏