「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。
このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。
そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「購入商品の意図的破壊」だ。
35歳の男性・Tさんは、手作りの吹きガラス製品が売りの店を営んでいる。元々はサラリーマンだったが、休日にたまたま入ったお店で売られていた江戸切子グラスのあまりの美しさに感激。一目でほれ込み、「自分もこのようなグラスを作りたい」と思ったTさんは一念発起して脱サラを決意した。名のある工房で吹きガラスを一から学び、数年の修業期間中に開業資金をせっせと貯め、晴れて自らのお店を持つことになった。一つ一つ丁寧に心を込めて作り上げるTさんのガラス製品は口コミで人気を集め、売り上げも順調に伸長。Tさんは充実した日々を送っていた。
そんなある日、お店にとある男性客が来店した。ひとしきり店内のガラス製品を見渡すと、あるグラスを手にしてレジにやってきた。そのグラスは、Tさんが最近作った作品の中でも、特に「会心の出来」と感じていた物だった。「どうか大事に使ってください」――。そう思いながらレジ業務をしていたTさん。支払いが終わり、Tさんがグラスを包装しようとしたところ、男性客はグラスをつかんでおもむろに持ち上げた。次の瞬間、男性客はグラスを思いっきり床にたたきつけた。「パリーン」。グラスは無残に砕け散った。Tさんはあまりの出来事に、目の前で起きていることが理解できなかった。
その後、男性客はどこか薄ら笑いを浮かべたような感じで「ああ、すいません。うっかりしてて……。このグラス、ハンドメイドだから同じ物はないですよね? じゃあ、残念だけどまた来ますね」とだけ言い残し、店を後にした。ショックのあまり茫然自失だったTさんは、しばらくしてやっと我に返った後、悔しさと怒りの感情でいっぱいになった。
「なんなんだよ、あいつは! なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ!? 確かにお金を払って購入した時点でグラスの所有者はあいつになるかもしれないけれど……。だからといって、俺の目の前でそれを割るなんて、人を侮辱するにもほどがある! これは侮辱罪とかで訴えることができるんじゃないのか!? 」
このようなケースでは、男性客は何らかの法律違反に問われるのか、問われないのか。安部直子弁護士に聞いてみた。
購入直後の破壊は「所有権侵害」にならない
お店などで食器やゲームソフト、電化製品、おもちゃ、人形など、さまざまな物を購入した人が購入直後にその商品を店員の目の前で壊したら、法的に問題があるのでしょうか? 結論からお話ししますと、「問題あり」の可能性が高いです。
まずこのような場合ですと、店や店員に対する「所有権」の侵害にはなりません。なぜなら購入者が商品購入時に代金を支払うことにより、すでに商品や作品の所有権は購入者に移転しているからです。そのため、店側が「所有権」を前提にした主張を行うことはできません。
次ページではこの事実を前提に、刑事責任と民事責任に分けて商品を破壊した購入者の法的責任を検討していきます。