野原: このままでは日本の建設産業は衰退していく可能性も高いと思います。それによって、消費者、生活者にはどのような影響が懸念されるでしょうか。

蟹澤: 建設技能者の数が半分に減ると、世の中がどうなるのか。実感をもって想像されている方はまだ少ないかもしれません。端的に言えば、「建設物を半分の人数で作れるような作り方にするのか」、あるいは「建設物を半分に減らすか」の2つしかありません。一般の消費者目線で言えば、簡単に建物を建てられなくなるし、直すのもままならなくなる、ということです。

大手ゼネコンはまだしも、業界の多くを占める中小零細企業は、そこまで危機感を抱いていない。その事実を私は心配しています。「人手不足や後継者不足などで困ったら、廃業すればいい」と考えている経営者の方が大勢いますからね。

野原: 戸建住宅は新築にしろ、改築にしろ、技能者が減ることで、発注から完成まで時間がかかり、それどころか、どこかが壊れて早急に修理が必要な場合でも、順番待ちになるでしょう。

蟹澤: 2024年1月1日に起こった能登半島地震では、築年数が古い家が多く、耐震改修が進んでいなかったことが被害の拡大につながりました。仮に全世帯が耐震改修に取り組もうとしたら、そもそも何十年もかかるでしょう。

そんな中で、日に日に職人が減り、それどころか建設事業者自体が減っているのです。今ある膨大な家のストックをどのように面倒を見ていけばいいのでしょうか。

野原: 特に耐震改修工事は難易度の高い仕事だと言われています。腕のいい現場の方々が減っているのは一般消費者にとっても死活問題ですね。

蟹澤: 耐震だけの問題ではありません。日本の家屋は、世界の中でも省エネ性能、断熱性能が悪い。エネルギー問題の観点から、効率的に冷暖房ができる建築に対応していく必要があるのです。

実際、新築に対しては、建築基準法や建築物省エネ法が改正され、2025年4月から省エネ性能、断熱性能を備えることが義務付けられました。これから既存の家屋も改修していく必要が出てくるでしょう。ところが、その担い手がいない。耐震改修同様に、省エネ対策の現場も簡単ではありません。

しかし、現場でビスを打つなど、簡単な組み立て作業のような仕事ばかりになってしまった。「現場に合わせて自在に調整する」といったことができる腕のいい職人はどんどん減っています。

野原: なるほど。担い手不足が続けば、工賃が高騰するでしょうから、直接的には消費者の方々が、支払わなければいけない金額は大幅に上がりそうですね。

志手: そうですね。消費者、生活者への影響は、まさに「価格が上がること」「修繕や改修を頼んでも、すぐには来てくれなくなること」の二つでしょうね。

蟹澤: 2019年に関東地方に上陸した、「令和元年房総半島台風」は多くの建造物に甚大な被害を出しました。ところが、屋根の修理などの改修は、当時、5年待ちとの報道があったほど、順番待ちが続いていました。秋田県では、2023年夏の大雨で被災した住宅の修理も、人手不足が原因で着工に遅れが出ている状況と報道されています。今後、同様の状況が、日本全国で起こり得ると考えられます。

野原: 海外の事情はいかがでしょうか。国や地域によって違うと思いますが、日本のように建設技能者の数は減っているのでしょうか?

蟹澤: 建設現場で働くことの人気が、かつてより下がっているのは世界共通だと思われます。自国民ではなく、建設現場に外国人を多く配しているのを見れば顕著です。

ベトナム、インドネシアなどは、まだ自国民が建設現場にいますが、より所得水準が高いタイ、マレーシアになると自国民は現場で働きたがらない。一人当たりのGDPは日本の3分の1程度なのにです。シンガポールなどは100%、完全に外国人です。いま現在は、アジア各国の現場で、労働賃金の安いベトナム人の労働者を取り合っていますが、遠からず、ベトナ ム人も来てくれなくなると思いますよ。

野原: 欧米は、どうなのでしょうか?

蟹澤: 欧米でも、建設現場は頭を使う仕事が減り、体を使う単純作業が増えたのは同じです。そうなれば労働生産性が下がり、賃金も安くなりますが、欧米が違うのは、業界団体が強いことです。

アメリカではユニオンが、ヨーロッパではギルドの歴史があるため、何とか建設現場の職人たちの地位を保っています。ユニオンやギルドは、ひらたく言えば「職能に特化した業界団体」ですね。大きな特徴はベテランの職人が若い人を受け入れて、一人前に育ててから外に出す仕組みが明確に定められていることです。

野原: アプレンティス(=見習い)制度ですね。

蟹澤: そうです。日本語では、少し訳すのが難しいのですが、厳密に一人前の職人のレベルを定義して、それを育てるシステムが根付いている。単なる力仕事にしないように、付加価値が高い仕事であると他者に認めさせるための仕組みで、だから、それなりの高い賃金を保証する賃金協定が成立しているのです。

アメリカのユニオンワーカーの賃金は日本の約3倍、ヨーロッパでも大体2倍です。一方、東南アジアの建設労働者の賃金は、日本同様、あまり高くない。欧米では、「体を使う仕事」としてではなく、一人前の職人としての技術や経験などが知識として評価されているんだと思います。日本もそうですが、体力だけを評価しているような国は、建設業の人気はどんどん落ちていく。

志手: 一方で、EUは東ヨーロッパやアフリカ、アメリカは中南米、東南アジアは近隣の貧困国、中国は内陸部の人たちが建設労働者として数多く働いています。結局は、どこの国でも建設業の仕事は人気がありません。どうやって建設業の魅力を高め、人員を確保するのかは、日本だけではなく、多くの国の課題でしょう。